【第4回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(4/4)
【第4回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(4/4)

【第4回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(4/4)

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今回は日産スタジアムの芝生を管理する「グリーンキーパー」柴田智之氏に話を聞いた。

第4回は、柴田氏に「芝生のこれから」について話を聞いた。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

第3回はこちらから

柴田 智之 氏
1965年生まれ、横浜市出身。東京農業大学を卒業後、ゴルフコース運営会社に就職。その後、1997年に横浜国際総合競技場(2005年から「日産スタジアム」の呼称)の開場準備にあわせて、同スタジアムのグリーンキーパーへと転職。それ以来、20年以上も同スタジアムおよび新横浜公園に勤めている。2002FIFAワールドカップ決勝戦のピッチ作りの責任者の一人。

ハイブリット芝になった日産スタジアム
ハイブリット芝になった日産スタジアム

提言があれば、スタジアムはもっとよくなる!

―では柴田さんに「芝生のこれから」も伺いたいのですが、その前に。Jリーグが発足する前くらいまでさかのぼると、日本のスタジアムの芝生はかなりひどかったんですよね? 当時のトヨタカップの映像を見ると、芝生が茶色だったりします。

柴田:ええ、これは笑い話ですが......南米とヨーロッパのチームが試合前日に国立競技場で公式練習をした時、監督がグリーンキーパーに「いいところで練習させてもらいました。明日はいい試合ができます」と言ったらしいんです。

そのグリーンキーパーは私たちの先駆者と言える方で、彼は素直に「ありがとうございます」と答えました。すると監督が「ところで明日の試合の会場はどこ?」と言ったらしいんですよ。

―...。

柴田:「え、ここですけど?」と言ったら監督に「え、芝生ないじゃん。茶色いじゃん!」と驚かれたそうです。今はその方も笑い話にされていますが。

―きっとつらかったでしょうね。

柴田:ただし、これらの率直な評価がスタジアムを進化させてきたのも事実で、実は日産スタジアムも同様なんです。

芝生の話ではないのですが...W杯が終わった頃、ここのスタジアムはJリーグ公認ファンサイトの「J's GOAL」の集計で、ファンが選ぶ好きなスタジアムの第30位になってしまいました。当時、J1・J2は30チーム、つまり最下位だったんです。

公園の規則で火が使えず、食事がおいしくない。ファンが「横浜に来たんだからあれを食べよう」といったメニューもない。そんななか「これは考えなきゃいけないんじゃないの?」と提言してくれた方がいらっしゃって、その後、IHで温かい食事を出すなど様々な試みが始まったんです。

結果、現在はチーム数が増えているにもかかわらず、好きなスタジアムのベスト10に入っています。

―厳しい評価がなければ改善されなかった、ということですか?

柴田:そうですね、お客様から「あそこに行ってもな」と陰口を言われるスタジアムになっていたかもしれません。

日本の多くのスタジアムで"夏芝"が採用されているわけ

―では、芝生の進化についても伺いたいと思います。先ほどのトヨタカップの話のあと、国立競技場の芝は改善されたんですよね?

柴田:ええ、Jリーグが始まる時に「これではいけないよね」と大幅に改善されました。

その後、国立競技場は日本で初めて、夏芝(夏に青々と茂る芝)が休眠する時期に冬型の芝生を種を蒔く「オーバーシード」を取り入れ、その後も改良を重ねています。

―夏芝と冬芝、同じように見える「芝」にも特徴があるんですよね。

柴田:海外のチームに「芝生がないじゃないか」と言われた当時、国立競技場は「高麗芝」を使っていました。夏芝で、細かい葉が"ふあふあ"っとしてクッション性が高い芝です。

ところが、いかんせん生育速度が遅い。試合でスパイクされて傷がつくと、1~2週間では回復が間に合わず、使う頻度が高いとどんどんいたんで、結果的に芝生がなくなってしまうんです。

―そこで冬芝も入れて改善した、と。

柴田:実はその後も改善が進み、1995年にはティフトンというアメリカ産の夏芝を入れました。その後、この芝は日本中に普及しています。
※バミューダグラスの一種で、繁殖力旺盛な芝。

ちなみに普及した理由は地球温暖化です。埼スタさん、カシマさん、千葉の市原さん、駒場さんは元は冬芝でした。三ツ沢も、瑞穂さんも同様です。しかし10年前と管理の方法自体が変わるほど温暖化が進み、多くのスタジアムで夏芝が導入され始めています。

―大問題ですね...。あえてここでは日産スタジアムの芝に話を戻しますが、最新の「ハイブリッド芝」を入れたんですよね。

柴田:はい。ハイブリッドが注目され始めたのは2006年のドイツW杯あたりからです。

その後、2010年の南アフリカW杯、2014年のブラジルW杯で「芝生の管理が間に合わないんじゃないか」という状況が生まれ、天然芝に人工芝を混ぜてハイブリッドにして補強を行いました。それほど根が張りが間に合っていなかったんです。

そして15年、イングランドで行われたラグビーW杯の時に大半の会場の芝がハイブリッドになり、これが一気に普及し始めました。

ハイブリットを入れると、選手が蹴っても踏ん張っても芝生が飛ばなくなるんです。ラグビーでスクラムを組んでも問題がなく、ここからラグビーのW杯の組織委員会が「ハイブリットはいい!」と評価し始め、今は日産スタジアムにも導入されています。

―2019年にラグビーW杯が行われる日本では、今後、ハイブリッド化が進んでいくのでしょうか?

柴田:はい。ラグビーのW杯の組織委員会から日本に対しても「とにかくハイブリットにしてください」という要望があって、ラグビーW杯の12会場中、4会場がハイブリットの導入を決めています。

4会場というと少なく感じるかもしれませんが、試合数が少ない、もしくは開催日にしっかり強い芝をつくれる気候の地域であれば天然芝でいいんですね。

―日産スタジアムの場合は、開催日に強い芝をつくるのが難しかったのですか?

柴田:大会が開催される9~11月は、ちょうど夏芝が体力を失い、冬芝がまだ幼い難しい時期なんです。そこで、ラグビーのスクラムに耐えられる状況にしなければ、と。

―ラグビーW杯に関して少しもったいないと感じたことがあります。新横浜公園には日産スタジアムがあって、日産小机フィールド、軟式野球場もあります。そして何より、周囲は緑が豊かで、カルガモなどの動物もいます。駅からスタジアムへのアプローチでこの緑豊かな環境を活かして"公園の中のスタジアム"という感じにできるのかな、と思ったんですが...。

柴田:残念ながら国が遊水池として整備した土地なので、新横浜公園を横断する幹線道路の向こう側など、スタジアムの周囲には自然が豊かな地域がたくさんあるのですが、これを人の導線としては利用できないのです。

私は「苦労した」「努力した」とは言いたくない

―話題がそれました。では最後に、ラグビーW杯や東京オリンピックに向けて、柴田さんの意気込みや想いをお聞かせください。

柴田:ご期待に沿えなくて申し訳ないのですが、特にないんです。先ほど(インタビュー第1回)も言った通り、結局、芝生は生き物。

私はW杯があっても、オリンピックがあっても、芝生にとって最適な状態をつくって、使う人たちが満足してもらう状態を提供したい、それだけですね。

―柴田さんの実直なお人柄が伝わってくるコメントだと思います。

柴田:実は2002年のサッカーW杯の年にもメディアの方から「いよいよ今年ですね、意気込みを教えてください」と聞かれて同じことを感じた覚えがあります。

芝生は育つまでに時間がかかるから、1年前にはどんな芝をつくるか決まっていて、根本的な仕事は終えていなければなりません。そこからできることと言えば、いい色が出る肥料を撒いてお化粧してあげるくらいのものなんです。

ただ、テレビの取材だったので「できる限り頑張ります」とコメントしたんですが(笑)。

―我々には率直な感想をいただけてうれしいです。

柴田:余談ですが、実は私、「苦労した」とか「努力した」といった言葉が嫌いなんです。努力は自分の物差しではかるものではありません。

だから自分で「苦労した」「努力した」という方が本当に努力しているとは思えないんです。第三者が結果を見て「あいつ苦労してたよね」と言ってもらえて初めて「苦労した」のだと思います。

私は何があっても...たとえ芝生を使うのが子どもたちであれ、世界最高峰の選手たちであれ、特に「努力する」とは言わず、常に全力で芝生と向き合っていきますよ。

―なるほど、選手たちが「日産スタジアムの芝生は最高だ」と感激する理由がわかった気がします。本日はありがとうございました。

インタビュー後に記念撮影
インタビュー後に記念撮影 (左から有川編集長、柴田智之氏)

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