【第3回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(3/4)
【第3回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(3/4)

【第3回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(3/4)

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今回は日産スタジアムの芝生を管理する「グリーンキーパー」柴田智之氏に話を聞いた。

日産スタジアムの芝を傷めるのも、守るのも選手。柴田氏はそんな選手たちとどう向き合っているのか。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

第2回はこちらから

柴田 智之 氏
1965年生まれ、横浜市出身。東京農業大学を卒業後、ゴルフコース運営会社に就職。その後、1997年に横浜国際総合競技場(2005年から「日産スタジアム」の呼称)の開場準備にあわせて、同スタジアムのグリーンキーパーへと転職。それ以来、20年以上も同スタジアムおよび新横浜公園に勤めている。2002FIFAワールドカップ決勝戦のピッチ作りの責任者の一人。

日産フィールド小机
日産フィールド小机 (写真:新横浜公園・日産スタジアム)

競技団体の態度を一変させた一言があった

―では、芝生を使う側が知っておくべきことをお教えいただきたいのですが......まず、現在日産スタジアムの芝生はどれくらいの頻度で使っているんですか?

柴田:ここは人工地盤といったような特殊事情もあるので、小さなイベントも含め年間で100日程度です。ただし、完成1~2年後の倍以上にはなりました。

―芝生の管理体制が整ってくると、使える日数は増えるものなんでしょうか?

柴田:はい。日産スタジアムの隣にある「日産フィールド小机」の場合、当初は横浜市との協定で「年間100日程度」でしたが、現在は160日強使っています。

マリノスさんの練習が100日、なでしこリーグのニッパツ横浜FCシーガルズさん、マリノスさんの下部組織(マリノスユース)は試合会場としても使ってくれています。

小机は日産スタジアムと違って人工地盤でなく、屋根がないから日当たりもいい。だから芝の回復も早いんです。

―小机の環境の良さは関係者によく知られていますし、実際、いつ見ても綺麗ですよね。とすると、スタジアムをつくる時に「芝生を何日使える?」と協議して利用可能日数を決めても、それがずっと変わらないのはもったいないのかもしれません。

柴田:芝生の利用者が芝生の特性を理解してくれると、使える日数はもっと増える場合があります。

例えばマリノスさんは時々キャンプに行って、小机の芝生の養生期間作りにご協力くださっています。

―やはり、日産スタジアムや小机の芝がいいのは、利用者の理解あってなんですね。

柴田:大きいですね。スタジアムができた当初はマリノスさんとフリューゲルスさんが使っていて、ほとんど毎週、水曜日と土曜日に試合がありました。

なおかつ国体もあったので、その準備を進める陸上競技の主催者から「スタジアムでの大会運営のノウハウづくりのために小規模な大会もここで実施したい」という要望があったんです。

さらに、ラグビーもやりたい、アメリカンフットボールもやりたい、ということで芝生を作る時間がまったくなく、私たちの仕事もかなりハードでした。

―しかも、周囲の話を聞くと、一部の競技の方は「今日、陸上競技場を借りているんだから、芝生で何をしようが関係ないだろう」といった乱暴なことをおっしゃる方もいらっしゃったようですね。

柴田:なかったわけではないですね。

―どう対処したんですか?

柴田:「たしかに陸上競技場なので、使って芝生が傷む分は我々が徹夜してでもなんとかします」「ただ、競技以外での利用に関しては少し考えていただきたい」と言いました。

例えば、ピッチの向こう側に行くのに芝生を横断したり、意味もなく芝生の上に荷物を置くようなことは必要ないですよね。

―そんなハードな交渉まで...。芝生の使い方は変わったんですか?

柴田:この競技の方が変わったのは、別の言い方をした時でした。

「あなたたちがこのスタジアムを利用した翌週、ほかの団体さんが来て『芝生、どうしてこんななの?』『〇〇の人たちが使ったらしいよ』と言われたら嫌ですよね」とお伝えしたんです。

実際、芝生の状態が悪く「先週何に使ったの?」と質問されることがありましたからね。しかも、当時は2002年のW杯も控えていたので「日本の恥になりますよ」ともお伝えしました。

すると「分かった。協力しましょう」とおっしゃってくれたんです。

―具体的にはどんな協力を?

柴田:仮に芝生の上で何かを投げる競技なら、練習は別の場所でやって下さい、できれば予選会もそこでやって、本戦はスタジアムでやってください、とお話しました。

そのほか、順位を出す表示盤も芝生の中に入れていたので「これ、芝生の外に置いていただけませんか」といった相談も、いろいろと...。

でも、その競技団体さんは、いまや日本でも一番と言っていいほど、芝生の使い方を理解して下さっていますよ。

結局、利用者の協力なくして、芝生の適切な管理はできないんです。そのなかで、実は私にも大切な学びがありました。

今、ほかのスタジアムで「芝生の上でこれはダメ、あれはダメ」という例が増えていますが、私は以前とは違って「ダメだ」とは言わないようにしているんです。

人間は、否定されると反発したくなるものなんでしょう。「ダメ」と言うとまずやめてくれません。

そうでなく「うちの芝生はこうだから、こういう形で使ってもらえませんか?」と伝えたほうがいい結果が出るんです。

利用者と積み重ねてきた歴史を示す品々
利用者と積み重ねてきた歴史を示す品々

「我々は選手なんだ」と誇りを持ってもらえる環境をつくる

―競技を行う側にできることはありますか?

柴田:例えばマリノスさんには、小机フィールドでも「使う場所を集中させないでほしい」とお伝えしています。

サッカーの練習メニューに、何人かでボールを追い回す「鳥かご」がありますよね。これを1カ所で行うと、そこだけが激しく痛むんです。ほか、全体練習の時にはゴールが決まった位置にあってしかるべきですが、キーパー練習の時にゴールの位置をずらしてもらうと、それだけで芝への負担は軽くなります。

あと、ボールを使わないスタートダッシュのようなトレーニングも、ピッチの外側の芝生でやってもらうようにお願いしました。これはサッカーに限らず、ほかの競技も同じです。

例えば小机フィールドでは、一般の利用、指定団体の利用時にウォーミングアップはスタジアムの芝生でなく、外の芝生で行ってもらっています。

―サッカー以外の競技の例も詳しくお教えください。

柴田:今でも記憶しているのは、以前どこかで"サッカーの傷み方を1とした時にラグビーは3、アメリカンフットボールは、そのさらに3倍傷む"と聞いたことです。

ただ、アメリカンフットボールは試合は止まっている時間が長いし、ラグビーのようにスクラムを組むわけでもないので、サッカーより傷むのは確かですが、9倍にもならないとは思います。

―なるほど

柴田:むしろ"競技によって傷む場所が違う"と感じますね。

サッカーを基準にすると、アメリカンフットボールはコートが細長い。だからコートの横の芝生のあいた部分で選手がウォーミングアップを始めてしまうんです。ガーッと走るから、その部分だけ半端なく傷みます。

でも、今は選手たちも芝生の特性を理解して使って下さっている方が多いですよ。公式試合や、そのウォーミングアップの時間以外は芝生に入らない、というルールも守ってくれています。

例えばなでしこリーグのチームのなかには、普段、原っぱのような場所を「芝生」と呼んで使っているところもあります。そういう場所だと、球を蹴ってもまずまっすぐ転がらずに跳ねてしまう。

そんな環境に慣れた選手は、やはり「ここでサッカーやれるなら」と、大切に扱ってくれる場合が多いですね。

―ちょっといい話ですね。

柴田:公式試合の前、ウォーミングアップを開始する時間になっても、彼女たちはなかなかピッチに入らないんです。

「どうしたの?」と聞いたら、選手が「ウォーミングアップで使っていいんですか?」と聞いてきました。私が「もちろんです」と答えたら、選手は嬉しそうに「おじさんがいいって言ってるよ!」と仲間のほうに駆けていきました。

僕は「そこまで嬉しそうな顔して"おじさん"って言うか?」と返したんですが(笑)。

―微笑ましい光景ですね。

柴田:僕は芝生の使い方に関して、選手たちにいろんなお願いをしていますが、それは選手たちに敬意を払うためなんです。ここに来た方たちに「自分たちはプロなんだ」「選ばれた"選手"なんだ」と思ってもらえる環境をつくりたい。

芝生を使うルールもそもそもは、選手たちにとって素晴らしい環境をつくるために存在しているんです。

―真っ青な芝は選手たちへのホスピタリティなんですね。

柴田:例えばプリンスリーグの少年たちが「いつかここで試合をしたい」と思える環境をつくれば、それはきっと、彼らのモチベーションアップにもつながるはずです。

そして、選手たちの「ここでやりたい」「ここでやれてよかった」という思いこそ、我々が芝という生き物を管理する意味だと思うんです。

第4回はこちらから

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