【第2回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(2/4)
【第2回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(2/4)

【第2回】真っ青な芝生は、選手、観客へのホスピタリティ ~日産スタジアムの「芝生のシバタさん」柴田智之氏インタビュー~(2/4)

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今回は日産スタジアムの芝生を管理する「グリーンキーパー」柴田智之氏に話を聞いた。

「芝生の管理」といえば「水と肥料をあげればいいのかな?」と思うかもしれないが...柴田氏が話す"芝生の現実"はもっと壮絶だった。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

第1回はこちらから

柴田 智之 氏
1965年生まれ、横浜市出身。東京農業大学を卒業後、ゴルフコース運営会社に就職。その後、1997年に横浜国際総合競技場(2005年から「日産スタジアム」の呼称)の開場準備にあわせて、同スタジアムのグリーンキーパーへと転職。それ以来、20年以上も同スタジアムおよび新横浜公園に勤めている。2002FIFAワールドカップ決勝戦のピッチ作りの責任者の一人。

砂か、赤土か、黒土か

―芝生の管理の実際について伺わせてください。まず、グリーンキーパーさん同士で情報交換をすることはあるのですか?

柴田:はい。ただし「各クラブ間で」「スタジアム間で」といった枠組みはなく、個人で情報交換する場合が多いですね。

例えば、埼玉スタジアム2002のヘッドグラウンズマンである輪嶋正隆さん、豊田スタジアムの田井中修グラウンドマネージャーとは、時々電話をかけたり、かかってきたりする間柄です。

―やはり、各スタジアムで芝生の管理は異なるのですか?

柴田:自治体により、直営管理を行う場合もあれば、指定管理として管理を委託する場合もあり、管理方法、予算、芝生に対する考え方はまったく異なります。

―自治体の方だけでなく、一般の方からも「芝生の管理?水を撒けば生えるんでしょ?」くらいの認識を持たれている場合があるんですよね...。

柴田:よく言われます(苦笑)。芝生の育て方を聞かれることも多いのですが、水を撒いて刈っているだけだと思われている方も多いようです。

しかし、芝生の作業とはそんなに単純ではなく、「水を撒く」こと一つとっても色々なやり方があります。

例えば夏場、35度を超えるような暑い日では水を撒いてもすぐに蒸発してしまいます。その際に芝生の中にある養分まで一緒に蒸発することもあり、結果として水を撒くことがマイナスに働くことがあります。

撒いた水を芝生が吸収できれば良いですが、吸収する間に蒸発してしまうと芝生は水分不足で枯れてしまいます。撒く量にも注意が必要です。

しかし、それほど水を撒かなくても芝生が刈れない場合もあります。それは撒いた水に頼るのではなく、芝生自身が水を探し吸収できる状態になっていれば撒く必要がなくなります。

では、その要因は何でしょうか?

それは「根っこの長さ」です。本来、芝生は土中に水分があることを知っています。乾燥の影響を受けにくい深いところに入れば入るほど水分があることを。「根っこ」はそれを求めて土中深くまで根を下ろしていくのです。

しかし、頻繁に水を撒き続けてしまうと常に補給するための水が身近にあるため、根を伸ばさなくなってしまいます。

この状態で表面が乾燥してしまうと、一気に芝生は枯れてしまいます。枯れない程度の散水は必要ですが、過度に甘やかすような散水は返ってマイナスとなってしまうのです。

―ほかのスタジアムでも、やはり芝生の管理は大変なのですか?

柴田:横浜市の場合、Jリーグ発足当初、三ツ沢球技場が芝生の状態が悪く、かなり酷評されてしまいました。

当時、三ツ沢は冬型の芝生(冬芝)を使っていたため、夏期は暑さに負けてどうしても芝生の状態が悪くなっていました。芝生を守るために常に水を撒き、結果として土中が飽和状態になる。

そこに雨が降ってくるとあっという間に水たまりができる。その中で試合を行うと、プレーに支障が出てしまい、新聞の一面に載るような事態になっていました。

―なかでも大変だったのは?

柴田:横浜をはじめとする冬芝を使用していた3会場でした。PKで蹴ったボールが、水たまりで止まってしまい、キーパーにクリアされることもありました。

―海外はどうなんでしょう?

柴田:ヨーロッパのスタジアムはあえて水はけがよくなりすぎないようにつくられています。

日本は水道の蛇口をひねれば飲み水が出てきますが、ヨーロッパでは飲食店でも水は「買うもの」ですよね。日本に比べ水が貴重なのです。だから芝生の管理でも、雨が降ったらその水を長くもたせ、水を節約する傾向があります。

ヨーロッパのスポーツを観ているとき、雨でグチャグチャの水たまりができたり、選手が倒れるとユニフォームが真っ黒になったりしせんか?

ヨーロッパで排水を重視し、床(とこ)を砂でつくっているスタジアムは、私が知る限りオランダに1か所しかありませんでした。

―そうなんですね。

柴田:日本とは環境が異なるのです。日本は高温多湿だから保水性を重視すると病虫害が発生して芝が枯れたり、虫にやられやすくなってしまいます。

そのため日本のゴルフ場は、30~40年ほど前から、グリーンの床を砂でつくるようになりました。「サンドグリーン」と言って、排水性がいい。

日本は幸いにして水道をひねれば水が出てくるので「水がなくなったら水を撒けばいい」「肥料がなくなったら肥料を撒けばいい」という考え方で芝生がつくられています。現在は競技場の床も砂でできている場合が多いですね。

―なるほど。

柴田:ただし、水を撒けばいい、肥料を与えればいい、という方法をとるとお金がかかります。

それが可能なスタジアムはいいのですが、日本はスタジアムを作るだけ作っても管理の予算が少なく、次第にグラウンドの管理の状態が悪くなってしまうのです。

これを解決するためには、管理体制や予算に、利用頻度や利用方法、回数をあわせればよいのです。

―一言で「芝生を育てる」といっても、環境によって工夫が必要なことがよくわかりました。

柴田:よく「自宅で芝生を育てているんだけど、どうやったらうまくいくの?」と聞かれます。でも「適切なタイミングで、適切なことをやってあげてください」としか言いようがないのです。

例えば「庭で芝生を育てたいから床を砂にします」と言われた場合―。

―あ、水はけがよくなってしまうから、頻繁に水をあげなければいけなくなるんですね?

柴田:そうです。スタジアムは我々グリーンキーパーがいて、毎日、芝生の管理をしています。だから芝生の状態を常に見ていて、水が足りない、肥料が足りない、とチェックして、水や肥料をあげることができます。

しかし、ご自宅で芝生を育てる場合、週に一度で状態を確認できればいい方ですよね。ならば、もっと肥料を含む黒土か赤土を使いましょう、排水性をよくしたいなら黒土にしましょう、と諸条件にあった環境を整える必要があるんです。

芝生はよく見ると山のように盛り上がっていた!?

―サッカーとラグビーなど、様々な競技で使われる難しさはありますか?

柴田:2019年のラグビーW杯では、いまのフィールドの大きさでは間に合わず、多少、芝生を拡張する必要があります。両サイドで5mくらい、ゴール裏で10mくらいずつです。

ラグビーの場合、ゴールからゴールの縦は100mだからサッカーよりも若干短いのですが、ゴールの後ろに10mのエンドラインがあります。

さらにその後ろに5m、保安距離として場所をとる必要があって、サッカーに比べると片側15mほど長さが追加で必要なのです。ここの延長に、置き型の芝生を使います。

―既存の芝は深さ80cmほどと聞きましたが、置き芝の場合......?

柴田:陸上トラックのウレタンの上にそのまま置きます。

―とすると、若干、段差ができませんか?

柴田:ええ。だから今回、日産スタジアムの芝をハイブリッド芝に張り変えたとき、陸上連盟さんの了解をもらって、元々あった芝生を全体的に4cmほど上げ、これに合わせて置き芝を外側に張っています。詳しく言うと、ピッチ中央から外側に向かって坂を下るような形の"屋根勾配"にしてあります。

置き芝に対応するため、高くなったピッチの端
置き芝に対応するため、高くなったピッチの端

―芝生の中央あたりが盛り上がっているんですね?

柴田:ええ、水はけをよくするため、選手もほとんど感じない程度に勾配がついています。例えば三ツ沢競技場の場合、ベンチからピッチの反対側を見ると、向こう側は見えません。

陸上競技場の場合は投てきをするため、勾配率を3%以内で、勾配が両端から中央まで12cm以内にしなければならないと決まっていますが、サッカーは規定がないので、中央が30cmくらい盛り上がっている場合もありますよ。

ダンプカーで運び出すほどのヘドロ

―第1回で「日産スタジアムの芝生の下は人工地盤で、川が氾濫しそうになると競技場の下に水を貯める」と聞きました。これは実際に活用されているんですか?

柴田:今でも頻繁に活用されています。鶴見川は昔から「暴れ川」と言われていて、数年に一回くらいの頻度で氾濫してきました。近隣では床上浸水も多かったんです。

2018年3月の大雨の時はこれまでにない程の大損害を被っています。

―何があったんですか?

柴田:通常、鶴見川からの越流は、半日~1日ほどかけて流入してきます。しかし今回は、3月8日の夜から9日の朝にかけ、3時間くらいで一気に水が流れ込んできてしまったんです。

鶴見川の水が越波堤を超えると、普段は公園として使っている遊水池に水が入ってきます。越波堤からすぐの部分は約4m低くなっています。

そしてスタジアムの下(駐車場などがあるエリア)はそこより1.5m高いから、越流が始まってもしばらく水は入ってきません。ここで通常、半日~1日稼げるから、その間に機材を撤収すれば間に合います。ところが今回は想像以上の速さで水量が増えました。

我々は普段から鶴見川のHPなどで水位を見守っていて、4.5mになったら「(水が流れ込む)駐車場の発券機を高い場所に持ってこなければ」と考えます。そして鶴見川の水が5.8mを超えると越流が始まります。

しかし今回は、降り始めから越流するまでたった3時間ほどしかなかったのです。あっという間のことで、駐車場の券売機は水没して壊れてしまいました。

遊水池としての構造
遊水池としての構造
(画像:新横浜公園・日産スタジアム)

―それほどの激流だったのですね。

柴田:しかも、激流だったからこそ被害も甚大でした。普段はゆっくり水が入ってくるので、川の比較的きれいな上澄みだけが流れ込んできます。

ところが今回は激流で入りこんできたので、水がかき回され、泥水が越流してきたんです。公園内の野球場一面に9cm、今、マリノスさんが練習している球技場には2cmのヘドロが溜まりました。

日産スタジアムの隣にある「日産フィールド小机」は少し高いところにあるので、0.2~0.3cmですみましたが。

―復旧、大変だったのでは......?

柴田:はい。3月9日に越流があって、水は比較的早く引いたのですが、このエリアを一般のお客様に解放できたのはGWぎりぎりの4月29日でした。

その間の2か月弱、ひたすらヘドロの処理をしていたんです。ヘドロの量だけで、500m3くらいありましたでしょうか。

―トラック等で搬出されたんですか?

柴田:大型ダンプカーで運び出しました。産業廃棄物扱いになるので多額の費用がかかりましたが、これは災害復旧という扱いで横浜市さん負担してくれました。

―大変なのは芝生の管理だけではないのですね。

柴田:ええ。利用者の皆さまにご迷惑をおかけし、申し訳なく思っています。

越流から1週間、2週間経つと、やはり「いつまでクローズしているんですか?」という問い合わせや「そろそろあけてほしい」といった声をいただくようになりました。職員のなかにも「あけようよ」といった意見がありました。

でも私は「勘弁してくれ」と言ったんですね。

―なぜですか?

柴田:越流して入ってきたヘドロには、大腸菌やら何やら、どんな恐ろしいものが含まれているかわかりません。まだ抵抗力がない小さなお子様がいらして病気になってしまったら、今度は補償も必要になります。

―なるほど、周囲が芝生の使い方を理解すれば芝生が長持ちするように、スタジアムも周囲が事情を理解することが大事なんですね。

第3回はこちらから

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