【第3回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(3/4)
「レアル・マドリードの大学院に行き、レアル・マドリードの日本人社員になった人物」、酒井浩之氏のインタビュー。
第3回は、レアル・マドリードの、さらには世界のスタジアムの金銭感覚について聞いた。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)
1979年愛知県生まれ。神奈川県育ち。2015年3月、レアル・マドリード大学院・経営学修士(MBA)コースに日本人初の合格。卒業後、同コースから唯一の選出にてレアル・マドリードに入社。レアル・マドリ―ドで培った知見をもとに、日本の企業やチームの発展を支援するために奔走している。『THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀』を監修。
ラ・リーガ (スペイン1部)所属のサッカークラブ。リーグ優勝33回(歴代最多)、UEFAチャンピオンズリーグ史上初の3連覇(通算13回優勝)を誇る世界屈指の強豪クラブ。「白い巨人」「銀河系軍団」などの異名を持つ。
「バーターなんかいらない。現金が先払いでほしい」
― 逆に、レアル・マドリードMBAを体験して「厳しいな」と思ったことはありますか?
酒井:ええ、MBAのコースには同期が100人ほどいて、基本的にはレアル・マドリードに入るか、ヨーロッパでサッカービジネスに携わりたい人がほとんどです。
でも、最初の授業で人事部長がいきなり「レアル・マドリードに簡単に入れると思わないでほしい」と言い始めた。みんな、口、ポカーンです。
その場にいた全員が「いや、そのためにここに来たんだけど?」といった雰囲気になって、なかには「だったらいいや」と本当に帰ってしまった人もいました。
― 入学金払ってるのに?
酒井:はい。「入れないなら意味ないじゃん」と考えたんでしょう。でも今は学校サイドが言わんとすることもわかります。スポーツビジネスは本質的にお金がないんですよ。
もちろんレアル・マドリードは年間900億円近くの売り上げがあって、私がかつて在籍していた読売広告社より少し大きいくらいですが、財務で一番大切なフリー・キャッシュフローはないんです。
― 常に選手を買って、売って、試合に勝って、スタジアムをお客さんで満員にしなければ落ちぶれて行ってしまう。
酒井:多くの方が「レアル・マドリードと言えば金満クラブ」と勘違いしていますが、自由に使えるお金なんかない。この点では、日本のオリンピック競技などと同じなんです。だから「卒業すれば雇ってもらえるなんて甘いぞ」と。
実際に授業では、何度も「スポンサーからはお金をもらうことが大切で、バーターなんかいらない。現金が先払いでほしいんだ」と聞きました。
― しかも先払いとはシビアですね。
酒井:総じてスポーツ組織って、僕は「お金はないもの」だと思うんです。だから
「お金、あるでしょ?」
「僕を雇ってお給料ください」
といった考えはとんちんかんで
「雇ってほしいなら外からお金を持ってきなさい」なんですよ。
レアル・マドリードに入社する決め手は「朝8時のプレゼンシート」
― そんな中、酒井さんが同期の中で唯一、レアル・マドリードに入れたのはなぜですか?
酒井:たまたまです。
― いやいや。
酒井:自分自身では本当にたまたまだと思ってます。というのも、僕が大学院に在席していたとき、ちょうどレアル・マドリードがUEFAチャンピオンズリーグ2015-16の決勝でPK戦を制して勝ったんです。
みんなから「東京行きだな」と言われて(FIFAクラブワールドカップ2016は東京開催だった)、「お前やったな!チャンスじゃないか」とも言われました。この時、実は私にも「ひょっとしたら?」という感覚があったんです。
サッカー界でも、スペインと日本の距離はまだまだ遠い。レアル・マドリードは現地・東京で何か利益を出したいけど具体案はないはずだ。そこで「僕が担当だったらこういうことをします」と英語・スペイン語でプレゼン資料を作ったんですよ。
― 日本の職場の先輩や後輩からビジネスのネタをかき集めて、自分の履歴書まで英語・スペイン語で書いて、早朝、オフィスのみんなの机に資料を置いてきたんですよね。ところで、サッカー界でも日本とスペインの間には距離があるんですか?
酒井:ありますよ。とくに僕らのアイデンティティに関しては、韓国・中国との違いがわからないだけでなく、北朝鮮との違いもわかってないと感じました。
何度も「遅刻したら会社クビになっちゃうんでしょ?」「朝8時から夜11時までずーっとみんなで働くんでしょ?」なんて聞かれるんです。しかも、中国・日本・韓国に共通の言語があると思っていて、僕が韓国語や中国語も話せると思われていました。
― 意外とわからないものですよね。逆に我々も、イラン・イラク・ヨルダン・UAEといった中東の国の文化や人の違いがわかるか、と言われたら少し難しい。
酒井: でも、サッカーのことはわかっているんです。日本サッカーはポジティブなイメージに変わっています。彼らの間で「アジアの強豪」と言えば、やはりワールドカップでよく対戦する国が挙げられます。
だから以前はサウジアラビアやクウェートでしたが、今は"日本と韓国"ですよ。また、プレミアムリーグ、ブンデスリーガなどで活躍する選手が増えていることも知られています。
ただし、ビジネスやマーケティングや文化といったことになると、やっぱり僕らのモチベーションすらわかっていません。
第二次世界大戦に負けて、原子爆弾を二発も落とされ、それでもこの70年で世界屈指の国力、経済力を持つことができたのはなぜか......こんな質問には答えられません。「アメリカの言うこと聞けばそうなれるのか?」と聞かれ「そんなわけないじゃないか」なんて会話もありましたからね。
欧州では「古き良き歴史」と「マネタイズ」が衝突している例も
― 大学院ではスタジアム論も学ばれたと思うんですが、なかでも面白かったのは?
酒井:国によってスタジアムにもしきたりがある、という部分は興味深かったですね。
例えばスペインでは禁じられていますが、ドイツでは試合中に観客がビール飲むのが当たり前。だから、シャルケのスタジアムを建て直したとき、最初にビアタンクをどこに置くか考えた、と言うんです。工場からビールを搬入しやすいよう、高速道路からの導線をどれだけ短くできるかを考えた、と。
― 鮮度と補給のしやすさが大切ってことか。面白いですね!
酒井: スウェーデンは冬になると日照時間が短く、雪を電気の力で溶かす必要があります。だからスタジアム建設時、夏にどれだけ電気システムにパワーを貯めておけるかを考えた、と聞きました。ソーラーパネルをどこに並べて、どうやって備蓄するか、と。
アメリカのタイフーンがくる地域では
「スタジアムをオープン型にすると掃除が大変だからボックス型にする」
「でもボックス型だと観客数が減ってしまう」
「アメフトは10万人規模で開催しないと収益面で話にならないから、お客さんをどう収納するかが難しい」
という話を聞きました。
また、やはりアメリカはマネタイズが先鋭的です。東西南北の入り口それぞれに専用のスポンサーのゲートがあるなど、お金を取れるところで、とことん取っているんです。
― 酒井さんがサンティアゴ・ベルナベウ以外で「このスタジアム、ビジネスはいいな」と思ったものはありますか?
酒井:やっぱアメリカのNFLのメットライフ・スタジアムですね。規模が違いすぎます。サンティアゴ・ベルナベウも9万人近く入りますが、それでも大きさがまったく違うと感じました。
サッカーに限れば、バレンシアのメスタージャがすごい。試合終わってから螺旋状の通路をくるくるくるっと回ってすぐ外に出られるから、まったくストレスがない。これ、ミラノのサン・シーロも同じなんですが、試合終了後10分も経つとスタジアムにはもう誰もいないんです。
お客さんがスタジアムから出たあと、様々な方向に拡散していくさまも見事で、サンティアゴ・ベルナベウも同じ方式を取り入れようとしています。
― かたや、海外で「問題があるな」と感じるスタジアムは、どこかありますか?
酒井: 例えば欧州にはいまだ木の椅子が残っている「古き良き歴史」を持つスタジアムがあって、それはそれでいいんですが、歴史とマネタイズがぶつかっている、と感じることがありますね。
― 具体的には?
酒井:例えば今、ドルトムントやリヴァプールはそれで揉めています。チャンピオンズリーグには多くの人が入りたがるから、チケット代を高く設定しても売れます。だからチーム側はチケット代を値上げしたいんです。でも、過去がその邪魔をしている。「昔からこの金額」という歴史があって、ファンが値上げを許してくれないんです。
マネタイズはチームの強化にも直結しますが、それがファンとの乖離になっているんです。だから、チームの周辺からは「大至急スタジアムに改修工事をして、ついでに"新価格です"と値段を新しくより高く改訂したい」という雰囲気が伝わってきます。
― なるほど。
酒井: 逆にアメリカのスタジアムは、メルセデス・ベンツ・スタジアムも、リーバイス・スタジアムも、ちょっとクレイジーなくらい、きっちりお金を生むよう徹底されています。
ニューヨークのアリーナなんて、30分前までバスケットボールをプレーしていたと思ったら、電動でウィーンと設備が変わって、気付いたらアイスホッケーのアリーナに変わってますからね。
― それ、国民性かもしれませんね。ヨーロッパには「古くなってもその良さを活かそう」という文化があって、アメリカの場合、古い古くないの問題じゃなく「お金を生まないものは壊しちゃえ」というスタンスがあるんでしょう。しかもスタジアムのネーミングライツで何百億円という金額が動く。企業も広告効果が見込めるからそれだけの金額を払っている。あのダイナミックさはすごい。日本との差はどこから生まれてくるんでしょうか?
酒井:決定的な差は「考える時間」にあると思いますね。
― 具体的には?
酒井:日本では、物事をよく考えずに進め、やったあとで「あれどうよ?」となることが多いですよね。仕事をしていても、契約したあとになって内容に関して何か言われる場合が多すぎる(笑)。
この傾向はどの業界でもあって、スポーツでは
「スタジアムを建ててはみたものの、どうやって維持していくの?」
「え?誰も考えてなかったの?」
となってしまうんです。
一方、『レアル・マドリードの流儀』にもありましたが......向こうにはミッションとビジョンがボンとあって
「俺たちはこの中でやってんだ」
「ここを目指すんだ」
と方向性が明確だから、広い世界に散り散りになっているものが全部こっち側を向いてくれるんです。
誰が何をどこまでやるかも明確になっている。この「事前に考える時間の差」がスタジアムの運営で大きな差になっていると感じます。
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