【第2回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(2/4)
【第2回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(2/4)

【第2回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(2/4)

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「レアル・マドリードの大学院に行き、レアル・マドリードの日本人社員になった人物」、酒井浩之氏のインタビュー。

第2回は、レアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウの全面改修について。さらには酒井氏がレアル・マドリードの大学院で何を学んだかを聞いた。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

第1回はこちらから

酒井浩之 氏
1979年愛知県生まれ。神奈川県育ち。2015年3月、レアル・マドリード大学院・経営学修士(MBA)コースに日本人初の合格。卒業後、同コースから唯一の選出にてレアル・マドリードに入社。レアル・マドリ―ドで培った知見をもとに、日本の企業やチームの発展を支援するために奔走している。『THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀』を監修。

レアル・マドリード C.F.
ラ・リーガ (スペイン1部)所属のサッカークラブ。リーグ優勝33回(歴代最多)、UEFAチャンピオンズリーグ史上初の3連覇(通算13回優勝)を誇る世界屈指の強豪クラブ。「白い巨人」「銀河系軍団」などの異名を持つ。

サンティアゴ・ベルナベウの改修後イメージ
サンティアゴ・ベルナベウの改修後イメージ (画像:レアル・マドリード)

スペインのスタジアムは工期を決めてない!?

― 次に、サンティアゴ・ベルナベウ(レアル・マドリードの本拠地)の話も詳しくお聞かせ下さい。ピッチはレアル・マドリード以外はまったく使わないんですか?

酒井:ええ。普段は関係者でも入ろうとしただけでこっぴどく怒られますよ(笑)。

ただし、年に2日間だけほかの目的で使います。1日はレアルマドリード大学院『Universidad Europea』の卒業式です。もう1日は、世界3大テノールのプラシド・ドミンゴのコンサート。彼はレアル・マドリードのソシオで、レアル・マドリードのアンセムも歌っているから使えるんです。

― ピッチに立てるのは非常に貴重な機会なんですね。

酒井:だからみんな、ピッチに立つ機会があろうものなら、カメラでピッチ目線の写真を撮りまくります。
「(レアル・マドリードの)会長が座る席、意外と近くね?」
「観客の顔もハッキリ見えてるんだね」
「そりゃ選手も目線めちゃくちゃ感じるよな」
とか言いながら。

― 見てみたいなぁ。とくに今、サンティアゴ・ベルナベウは全面改装を予定しているんですよね。入り口、全部映画館みたいでオシャレですよね。あと、ピッチはドーム型なんですか?

酒井:いえ、「日光を取り入れないと芝生が育たないから開閉式にするんじゃないか」と言っていました。ちなみに、試合を行いながら改修するんですよ。

FCバルセロナもそうですが、試合が行われる時期だけ工事をストップしようと思うと非常にお金がかかるし、逆に施設を使えない期間を設けるとインカムが見込めなくなってしまいます。だから最も合理的な判断をしているんです。

工事は9万席ぐらいある座席のうち1万席くらいをつぶした状態で進めるようです。合理的だから、ステークホルダーの誰も文句は言いません。

ここでも「マネタイズする」「改修はするけど損は最小限に抑える」という価値観を皆が共有しているからブレないんです。実は今回、クリスティアーノ・ロナウドを移籍させたのも、私はこの改修の影響かな、と思っています。

― そうなんですか!?

酒井:改修のためにお金をプールしておかないといけません。だから「ロナウドが仮に怪我をして、価値が落ちた状態で移籍していく可能性があるなら、価値があるうちに売らなきゃ」と判断しているんです。選手の減価償却を見込んでいるんですね。

そして、結果として金銭的にはペイしました。マンチェスター・ユナイテッドから120~123億円くらいで買って、ユヴェントスに154億円で売っているから、それだけを見ても30億円くらい利益が出てます。

― 在籍中のグッズの収益も含めればすごいことになりますね。

酒井:レアル・マドリードは彼が在席した5年間のうち4回、UEFAチャンピオンズリーグを勝ち上がっています。それだけで売り上げが500億円くらいになりますからすごい。

ちなみに僕は、ロナウドのあとマリアーノを獲得すると思って、雑誌Numberの取材でそのようにお話ししたらドンピシャで......これには僕がちょっと驚きました(笑)。

― 新スタジアムの完成は2022年くらいですか?

酒井:そこが面白くて、正式には決まっていないんです。理由があります。ビッグクラブのスタジアムが軒並み改築が計画されていますから、ほかのチームのビッグ・イベントと重ならないようにしているんです。

マドリードは2020年のオリンピックを誘致できず、しかもしばらくはチャンピオンズリーグを開催することもできません。これは、2018-19シーズンのチャンピオンズリーグ決勝が、スペインのワンダ・メトロポリターノで開催されるためです。

そこも考えて、少し間を置こうと考えているようです。新スタジアムでチャンピオンズリーグの決勝をやりたい。そこにレアル・マドリードを出したい。とすると現在のチームを4~5年成熟させて、と。

ほか、オリンピックやワールドカップなど、大きなスポーツイベントと重なってもいけません。2~3年後には(FCバルセロナの)カンプノウ・スタジアムが新しく生まれ変わるから、ここにも被せられない。現実的には、そのあとくらいでしょうか。

― それくらいマネタイズに関して厳しい感覚があるんですね。工期ありきの日本とはまったく違うんだ、とわかりました。

大学院の講義で「うわ、メッシ売っちゃったよ!」

― そろそろ、レアル・マドリード大学院のお話もお聞きしたいですね。酒井さんがここに行こうと思ったきっかけは、書籍に書いてありますが、実際にどれくらい行って、どんな講義を受けたんですか?

酒井:大学院は10月から翌年の6月までだから9か月間ですね。内容は、いわゆるMBA、経営学修士のコースに則った形でした。

ただし、財務諸表の読み方も組織に関する講義も「通常はこうだけどスポーツの組織ではこうだよ」と教わりました。財務諸表も特殊なんです。

例えば財務上、自分たちの選手、つまり下部組織から上がってきた選手は自チームの資産として計上できるため、人件費としては計上されていないんです。だからFCバルセロナの財務諸表を見ても選手のコストはあまり高くなくて「おお!健全じゃん」となるんですが、そうじゃないのがミソだよ、と(笑)。

― 面白いですね。

酒井: 印象に残ったのは、この講義のあと、5人1組くらいにわけられて隣の部屋で議論をしたことです。持っていっていいのは鉛筆と消しゴムだけ。

この状況で、財務諸表と、選手たちの背番号・給与・契約年数が書いてある紙を渡されて「来年の予算表をつくりなさい」と言われました。渡された情報がどのチーム、どの選手のものかわからない。でも、「誰を売る。誰を買う。そこも含めて自由に議論しなさい」と。

― なるほど。

酒井:与えられた数字を見ると、やはり背番号9・10・11のコストが非常に高い。財務的には黒字計上されていて、しかも移籍金の支払いがなかった場合、彼らは下から上がってきたんだろうと考えられます。

そのような中で、
「全部足していくと、この数字ほとんどこれじゃん」
「こっち付け替えたら大マイナスだな」
「誰か売らなきゃ維持できないよな」
「9番、10番、11番のうち1人でも売ればなんとかなるか。ん~、10番売っちゃう?」
「いやいや、名前も顔も知らないけど10番ってことは簡単に手放しちゃいけないでしょ」
といった議論をするんです。

そこで大体2対3とかに意見が割れます。その後、3日間ぐらいセッションして、僕らは「10番を売る」と決めて予算表を作りました。

10番を売れば黒字になる。しかも絶対的な10番があけば、ほかの選手のモチベーションも上がるはずだし、下部組織の優秀な選手にトライさせることもできます。そして、それなりに点数をもらって、最後に「チーム名どこですか」と質問したらバルセロナだった(笑)。

― へー!

酒井:ほかのメンバーと
「メッシ売っちゃったよ!」
「いいの?」
「スアレスとネイマールならいいけど、メッシはダメだろ」
などと議論になりますよね。

そこで講師に「それだ」と言われました。ビジネスは感情が入るとわかんなくなっちゃう。
「じゃあ、本当にメッシを残すのがいいのか?」
「お前ら3日間散々議論したろ。それは一体何だったんだ」
といわれれば「確かに」としか言えない。

― 選手を数値として見る訓練なんですね。

酒井:アルゼンチン出身の仲間は「ちょっと待て、うちのスーパースターじゃないか」と言うし、ウルグアイから来たやつも「No.No.No.スアレスだよ」と言う。これじゃケンカになってしまいます。

だからフラットな客観的視点とロジックで判断し、ステークホルダー全員が納得するプレゼンしなきゃいけない、というわけです。

教授は「ここを感じとってくれれば充分」という感じで「それに自国の慣習や国民性を加味した上でどう感じる?」という部分をレポートとして出すように言われました。

― 素晴らしい講義ですね。

酒井: めちゃくちゃ面白かったですよ。眠いとか、お腹が空くとかそういう感覚がなくなっちゃって、たびたび「そういえばメシ食ってないな」と思うほどでした(笑)。

教授の講義だけでなく、集まった仲間も面白いんです。私は広告代理店とスポーツメーカーの経験がある。隣にいたコロンビア出身の仲間はゴールドマンサックスを辞めてきていました。

当然、議論をしているとき、彼はズバッと「金融の視点から見ればこうだ」と言ってきます。
すると
「おまえ、カタすぎじゃない?」
「でもお前、こっちはゴールドマンサックスだよ?」
「うるさいよ」
といったやりとりになる(笑)。

お互いの国をからかったりもしました。
「お前の国、ワールドカップ出たことないだろ」
「そんなことない、ある、ある!」
「あぁ、そういえば(2014年に)4-1で負かしてたな」
などと言ってくるわけです。

2018年のワールドカップではやり返せましたけど「ん?だって最初から10人だったからさ」と絶対に負けを認めない (笑)。

世界中からスポーツの熱狂を知っている人たち、しかもいろんな視点でものを見られる人間が集まって、一緒に授業にのめり込むんです。これが面白くないはずないですよね。

第3回はこちらから

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