【第1回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(1/4)
【第1回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(1/4)

【第1回】「THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀」監修者・酒井浩之氏インタビュー ~レアル・マドリードは全然"金満"なんかじゃない~(1/4)

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今回は「レアル・マドリードの大学院に行き、レアル・マドリードの日本人社員になった人物」として時の人になっている酒井浩之氏に話を聞くことができた。

世界一のビッグクラブに所属した彼の目に、日本のスポーツ界はどう映るのか?全4回のロングインタビュー、まずは日本と世界の『スタジアム論』について伺った。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

酒井浩之 氏
1979年愛知県生まれ。神奈川県育ち。2015年3月、レアル・マドリード大学院・経営学修士(MBA)コースに日本人初の合格。卒業後、同コースから唯一の選出にてレアル・マドリードに入社。レアル・マドリ―ドで培った知見をもとに、日本の企業やチームの発展を支援するために奔走している。『THE REAL MADRID WAY レアル・マドリードの流儀』を監修。

レアル・マドリード C.F.
ラ・リーガ (スペイン1部)所属のサッカークラブ。リーグ優勝33回(歴代最多)、UEFAチャンピオンズリーグ史上初の3連覇(通算13回優勝)を誇る世界屈指の強豪クラブ。「白い巨人」「銀河系軍団」などの異名を持つ。

酒井浩之 氏
酒井浩之 氏

1人3,000円のスタジアムツアーに大行列が

―レアル・マドリードは財政難を経験し「再びこんなことが起きないように」と大学院をつくったんですよね。

酒井:そうです。だから、日本のスポーツチームやスタジアムの関係者と話している時、ちょくちょく「日本はお金がある国だからか、マネタイズを真剣に考えてない」と感じることがあります。

もちろん「維持費、どうする?」と口には出します。でも切羽詰まる状況までいってないから行動に移す場面が少ない。

一方、スペインは経済規模が小さい。なかでもレアル・マドリードは財政難に陥り、フロンティーノ・ペレス会長はその立て直しに名乗りを上げる形で就任しています。だから「スタジアムを活用してこんなビジネスを始めよう!」と、私の目には衝撃的だったほどよく考えているんです。

― 日本では、新国立競技場も"国体スタジアム"などと呼ばれる地方の物件も、納期までにできているかは大事にされますが、マネタイズの議論はあとまわしにされることが多いですよね。

酒井:ヨーロッパではむしろ"マネタイズありき"でした。お金が流れてくるのためのレールを敷いてから稼働させるのが当然、という感覚です。

例えばレアル・マドリードの本拠地、サンティアゴ・ベルナベウは、いま全面改装を予定していて、「スタジアムに与えられる365日×24時間をどう活用するか」考えに考えられています。
※正しい日本語の表記はサンティアゴ・ベルナベウとなっている

そもそもレアル・マドリードの試合は年間70~80試合しか行なわれません。ホームゲームはほぼ半分だから35~40試合。すなわち365日のうち、スタジアムとして稼働させられる日は1年のうち10%程度しかないんです。

しかも、ほかの90%の日にピッチを使用するわけにはいきません。芝を傷めてしまうため、入れないんです。すると、スタジアム周辺をいかに使っていくかを考えるしかない。

― ピッチを使わなきゃ魅力ないよね、となりそうですが......。

酒井:そうでもないんです。まず、サンティアゴ・ベルナベウはマドリードの観光名所になっていて、今、スタジアムには数軒のレストランが入っています。ピッチを見ながら食事ができ、しかも腕がいい料理人を呼んできているのでめちゃめちゃおいしい。平日は予約がとれない日もあるほどです。

また、チームスポンサーであるアディダスのマドリードで最大のショップがドンっと入っていて、カフェ、お土産屋さんはもちろん、スーパーマーケットまで入っています。その上で、スタジアムツアーが開催されていて、これらだけでも充分、お金が回っているんですよ。

― シナジーがありそうですね。

酒井:もちろんです。レストランにはサッカーファンではない方も来ます。当然「うちの息子がレアル・マドリード好きだから」とショップに寄ってくれますよね。

しかも、スタジアムツアーが人気なんです。5月の連休や3月の聖週間になると、スタジアム周辺を行列がぐるーっととりまいてるんですよ。1人3,000円近くもするのに「何人待ってるんだこれ」と(苦笑)。

― 知ってます。かなり自由度が高いツアーですよね。

酒井:はい。僕が「大丈夫?」と思うほど人を押し込んでいるのに、クレームは来ず、みんな満足して帰っていきます。しかも、お客さんたちは最後、お土産屋さんに案内されて「せっかくだから」と何か買っていく。ようするに、試合がない日に気持ちよくお金を使ってもらう仕組みができているんです。

これを目の当たりにすると、新国立も、サッカースタジアムも野球場もちょっと寂しいかな、と。例えばスタジアムツアーを行って、ロッカールームも解放して「これは誰それ選手のロッカーですよ」とご案内すればファンは喜んでくれますよ。それをやらずして「赤字です」じゃもったいないですよ。

(画像:レアル・マドリード)
(画像:レアル・マドリード)

「所有者が自治体だ」と諦めたら始まらない

― 仮に日本ならどんなことができそうですか?

酒井:僕がヤクルトファンだから余計に思うんですが、昼間、神宮球場を開放して、一塁側のベンチ前にテーブルを置いてお客さんにビールやコーヒーを飲んでもらうとか。球を防ぐネットを張って、選手が練習している横で邪魔にならない程度に飲食しながら見ることができたらお客さん大喜びですよ。しかも場所は青山で駐車場もありますし。

― なるほど。

酒井:常に野球のグラウンド、サッカーのピッチを使わなければいけないわけでもありません。東京ドームや昔の国立競技場なら、階段の中に入った吹き抜けのあたりをイベントスペースにして、展示会を誘致したり、即売会を実施するなど、いろんなイベントに使ってもらえます。新しいサンティアゴ・ベルナベウでは夜の時間帯をどう使うかまで考えてますよ。

― 夜って、深夜ですか?

酒井:ええ。
「23~24時から朝6~7時までもったいないよね」
「じゃあ何する?カジノかホテル?」
「いや、24時間スーパーにできないかな」
などと議論されています。

― 今、日本でも『東京ナイトタイムエコノミー』のような話が持ち上がってます。インバウンドのお客さんに「夜、どこを観光してもらうのか?」といった内容です。スタジアムはこれにハマる可能性がありますね。夜中は音を出しにくいけど、球場は比較的、音の問題が少ない。

酒井: もし何らかの規制があれば、屋内のパブや、ちょっとした娯楽スペースなど、音が気にならない施設をつくってもいいですしね。

例えば横浜スタジアムなら、近所に中華街などの繁華街があって、昼夜問わず多くの人がいる。その方たちを見過ごすのはもったいない。山下公園に行くのも、ホテルに帰るのもいいけど、スタジアムでも楽しめますよ、といった施設があればお金は落ちてくると思うんです。

― 地方から試合を見に来る観光客の方もいらっしゃいます。

酒井:この人たちが「野球見た。帰っちゃった」ではもったいない。スペインだったら確実に「この人たちにどうお金を落としてもらおうか?」と考えてます。もちろん法律的な問題など、いろいろ規制があったり、夜中に営業する施設をつくる弊害もあるかもしれません。

とくに日本では、スタジアムの所有者が自治体の場合が多いから、なかなかビジネスありきの経営はできない、という特殊事情もあります。でも「だからダメ」と諦めず、それに対して立ち向かっていく感覚がなければいつまでも変わらないと思います。

聖地「東京ドーム」をつくろう!

― サンティアゴ・ベルナベウは空港でスタジアムの写真を売っているくらいの観光名所にもなっています。マドリードを訪ねると、観光すべき場所が意外と少なくて、美術館くらいしかない、という部分もあるかもしれませんが(笑)、これは大きい。羽田空港で東京ドームの絵はがきが売られているようなものですからね。

酒井:自治体側も「スポーツで売っていこう」という感覚を持っていいと思いますよ。観光ルートに、東京タワーや浅草寺に加えて東京ドームがあってもおかしくない。

日本の野球は観光客に「おっ!これが世界を席巻してるジャパニーズベースボールのスタジアムか」と言ってもらえるだけの素晴らしい文化だと思います。

― 国技館や甲子園球場は、名所にはなっていますが......。

酒井:ほかももっとできますよ。スペインのやり方をそっくりそのまま真似たっていいじゃないですか。

例えば西武ライオンズが本拠地にしているメットライフドームに世界の5つ星のレストランを入れる、とか。野球を開催していない日はすいていると思うんです。でも「わざわざ行ってみたい!」と感じる話題の施設があれば、みんな出向きますよ。周辺には駐車場もたくさんあるし......。

― 来た人はライオンズに興味を持つかもしれないし、電車で来る人がいれば親会社の収入にもなります。

酒井: ブルーボトルコーヒーが「立地のいい場所はないか」と探していたという話も聞いたことがありますが、例えば鳥栖のスタジアムの外側に店舗を作ったら、みんな理由をつくって出張に行くかもしれません。

もちろんリスクはあって、想像よりお客さんが来ないかもしれません。でも「リスクがゼロでなければやらない」では何もできないので、まずは「プラマイゼロでもいい」くらいに目標を設定してトライアンドエラーを繰り返せば、何かが見えてきますよ。

昨今お客さんが集まっている海外のスタジアムもスタート地点は同じだったと思うんです。

― 以前、この連載で「スタジアムは大聖堂だ」という話がありました(映画監督・想田和弘氏のインタビュー)。スタジアムは街の象徴になったり、スポーツ競技の『聖地』になったりもします。そういうマーケティングは"アリ"なんですか?

酒井: 面白いと思いますよ。日本では、サッカーの国立競技場が成功例ですよね。

高校サッカーでも天皇杯でも、「聖地国立で行われる決勝戦は特別な一戦で、選手はみんなこの地を目指している」というストーリーを、意図的に、まるでプロパガンダのように言い続け、広告としても使い続け、今は本当に聖地になっています。

野球でも『聖地甲子園』といったワードはすごくいい。そしてヨーロッパにはキリスト教の文化があるからか、こういった"聖地づくり"も非常に上手なんですよね。

第2回はこちらから

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