川崎フロンターレが、川崎球場跡地を含む富士見公園南側の指定管理者になって以降、市民の心を鷲づかみにするイベントの数々を仕掛けている。Xリーグ(アメフト)のメイン会場である『富士通スタジアム川崎』の観客数も急増中だ。
同スタジアムの支配人で、今回の件の仕掛け人でもある田中育郎氏に話を聞くと、彼らは非常に多くの団体といい関係を結び、それを市民に還元していることがわかった。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)
川崎市民の憩いの場として親しまれている富士見公園の中にある川崎富士見球技場。2015年4月に富士通が命名権を取得したことで『富士通スタジアム川崎』となっている。
ホームページ:http://kawasaki-fujimi.com/
1968年、神奈川県川崎市生まれ。帝京大学、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を卒業。凸版印刷(株)を経て(株)東京ヴェルディでは営業本部長等をつとめ、2010年10月より(株)川崎フロンターレへ。現在は富士通スタジアム川崎の支配人をつとめる。大学ではラクロス部に所属。社会人でも10年以上『東京ラクロスクラブ』に所属。川崎市在住。
©KAWASAKI FRONTALE
たまたま生まれた「価値あるコラボ」
― Jリーグチームがこれほど他の競技と深く関係することはなかなかないと思います。意外と、ほかの競技が使っているスタジアムだったからよかった部分もあるんですね。
田中:そもそも、自分たちのホームゲームを行っていないスタジアムの指定管理をとること自体が珍しい事例なんです。私はフロンターレとフロンティアーズ、等々力競技場と富士通スタジアム川崎、そのコラボによって価値あるものが生まれていると感じています。
― 自治体の方からも「期待以上」と評価されているんじゃないですか?
田中:そう思いたいのですがどうでしょう(笑)。我々は第一に、住民の皆さんからいただく「ここに動物の死骸がある」「ここからボールが飛んできた」といったご要望に対応し、しっかり管理することが求められます。実は地味な作業の方が遙かに多い仕事なんです。
「アメリカンフットボールや市民スポーツの盛り上げ」に関しては力を発揮できていると思いますが、川崎市さんからの評価される条件、すべてを満点でこなせているかはまだ分かりません。
― 我々外部の人間としては、市に「これだけ盛り上げているのはすごいことなんですよ」と伝えたいくらいです。
田中:それ、うれしいです(笑)。同時に、我々がイベントを打つとき、さまざまな競技団体と接点を持って、企画から実行まで自分たちが主となって実施していることもアピールできたらいいですね。実は、これが大きなアドバンテージをもたらすんです。
― 費用面でですか?
田中:それもありますが、経験や人脈が蓄積されていくんです。フロンターレはサッカーのホームゲーム時に行うイベントの内容を全部自分たちで考え、サポーターの意見を聞き、次回開催時に貴重な意見を反映させる、というサイクルを繰り返しています。だから、イベントの満足度も向上していく、これが富士通スタジアム川崎の運営で活きているんです。
― 具体的には?
田中: 例えばアンプティサッカーやラクロスの団体さんに使っていただくとき、私たちはただ場所を貸し出すだけでなく、主宰者に「市民に還元できる何かをやって下さい」とお願いしています。この時我々は、彼らが何を実施すべきか、一緒に考えることができるんです。
例えばラクロスなら、試合の合間に子供が登場するイベントを実施してくれています。アルティメットの日本選手権決勝も、毎年、ここで実施していただいていますが、彼らは試合日を含め何度もクリニックを実施しています。
いずれも、市民の方たちに喜んでもらっていますよ。そしてこうして一緒に考えられるのは、我々が長く手作りでイベントを実施してきたからなんです。
また、非常に人気があった「屋台村」の実施にあたっては、川崎仲見世商店街の有力者にご協力いただいています。こういった心が通った繋がりも、以前から手作りのイベントを実施してきたからこそ築けているんです。
スタジアムは「価値を創り出せる場所」
― 市民も、近くにこんなスタジアムがあれば幸せでしょうね。
田中: それはうれしい評価です。例えば、総合格闘家の所英男さんが川崎でジムを経営していらっしゃるご縁で、所属選手が毎週、教室を開催してくれています。
また、登戸にある川崎新田ボクシングジムにもご協力いただき、日本チャンピオンやランカークラスの現役選手にロードワークエクササイズを教えていただいています。
いずれも有料ですがジムに通うより格安で、近所の主婦の方やラーメン屋のおじさんなど、一般市民の方がすごい方に教わっているんですよ。
― ジム側も活動の普及になりますよね。
田中:富士通グループのフロンティアレッツというチアリーディングチームが、毎週ここで近所の子供向けに「キッズチアダンスレッスン」を教えてくれています。これも非常に人気があって、今、順番待ちです。
― 女の子たち、ここに住んでいなければ、チアとは出会わなかったかもしれませんね。
田中:こういったきっかけで、プロ選手と市民が交流を結んでいけば、お互いがWIN-WINになるはずです。そして我々の仕事は、こういう機会をいくつ準備できるかが重要なんですよ。
例えばサッカーでも、たまたま地元にJのクラブがあって、何となく始めたら面白さに気付いてJリーグの選手になった、という例がいくつもあります。
これと同じような状況を多くの競技で創り出すことができればどれだけ素晴らしいだろう、と思うんです。
― 昔は地元の公民館であったような交流が、今後は規模を変え、スタジアムで行われる時代が来るのかもしれませんね。川崎市民以外の方に還元しているものはありますか?
田中:平日に開催しているCPサッカー(脳性まひ者7人制サッカー)のイベントには、遠方から多くの方がいらっしゃいます。我々は指定管理者になる前から、川崎市の障がい者支援NPOであるEsperanzaさんと交流を持っていました。
彼らは障がい者向けサッカー教室を行う場所を探しており、我々は代表の方から「別の施設で土日にCPサッカー教室が開催されている」「千葉や埼玉など、お客さんが遠方からいらっしゃっているから平日も需要があるはずだ」と伺っていたんです。
そこで、「もし指定管理がとれたらぜひご一緒しましょう」となって、今、これを年間通して毎週火・水・金曜日に実施しています。
― 保護者の方もうれしいでしょうね。
田中: コーチの方たちも情熱的なんです。CPサッカー日本代表の方たちが教えてくださるんですが......メチャメチャかっこいいんですよ。球を蹴っている姿を見ると非常に上手なんです。
しかし話を聞くと「実は身体の一部が麻痺しているのです」と。そんな方たちが強い思いを持って小中学生相手にコーチをつとめてくれています。
― 人気も出ますよね。
田中: フロンターレのスクールも協力してくれています。本来、CPサッカー教室の時間帯にはフロンターレのスクールが利用しているのですが、掛け合うと快く「ぜひやってください」と言ってくれました。
おかげでCPサッカー教室は定員オーバーで、今は順番待ち。スタジアムは価値を創り出せる場所なんです。様々な方面からバックアップをいただき、JIFF(日本障がい者サッカー連盟)に所属する7団体のうち5団体に利用していただけています。
― ほかの団体の方に伝えたいことはありますか?
田中: ぜひ、我々に興味があれば遠慮なくお声かけいただきたいですね。「どうせ空いてない」と思っている方が多いんです。もちろん、ご一緒できるかは市と協議してから決まることでもあります。
しかし我々はいつも「待っていても話は来ない」と考えているほど積極的なんです。これからもいろんな方と価値をつくっていけたらいいですよね。
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