(取材と文・彦部幸子)

AIやテクノロジーの進化によって、スタジアム・アリーナのあり方も少しずつ変わり始めている。観戦体験をより豊かにする工夫や、データを活用した施設運営、来場者とコンテンツ、地域との新たなつながりづくりなど、その変化は多岐にわたる。後編では、地域社会とのつながり、ビジネスとしての可能性、そしてテクノロジーによる進化という3つの切り口で語られたスタジアム・アリーナの新たな価値創出に向けた取り組みや今後の展望を紹介する。
前編はこちら
地域社会とのつながりから始まるスポーツ・エンタメのトランスフォーメーション
園田氏 :今回、セッションのテーマを「トランスフォーメーション」としていますが、実はもう一つ、私の中に裏テーマがありまして、それが「コミュニティ&ネットワーキング」です。テクノロジーはもちろん重要ですが、コミュニティやネットワーキングがなければ、実際には発展していかないものもあると考えています。
スポーツ・エンタメ事業も地域や社会、街と企業がそれぞれの立場を超えて連携し、ともにトランスフォーメーションの実現に向けて取り組んできたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
田中氏 :国立競技場(MUFGスタジアム)や愛知のIGアリーナなどの事例では、施設でイベントが開催されると一斉に人が集まって混雑、騒音、ゴミなどの問題が起きるため、近隣の方に敬遠されるなどの問題もある一方で、街で大規模イベントが開催され街が賑わうことを誇りに思ってくださっている面もあります。だからこそ、施設があることによる街への波及効果を「見える化」することがとても大事な仕事だと考えています。イベントの開催を、街も一体となり盛り上げていこうという雰囲気づくりを目指したいです。
二井内氏 :私たちは、アーティストの大型ポスターを使ったフォトスポットやポップアップストアなど、試合やライブを盛り上げるための仕組みづくりにも取り組んでいますが、これはファンエンゲージメントを高めるだけでなく、一般の方々にもイベントの魅力を伝え、盛り上げていくことにも繋がっています。
また、スポーツ施設では、試合のない日を『パーク・デー』として千円程度の入場料をいただき、子どもたちが楽しめる簡単なゲームを用意したり、普段は入れない東京ドームのグラウンドに入ってもらったりと、さまざまな企画を行っています。

正田氏 :エスコンフィールドでは現在、ファンや地域住民がスタジアムづくりに関われる取り組みとして『Fビレッジガーデン』を整備しています。設計は著名な方が手がけていますが、メンテナンスや管理は熱意のあるボランティアが有志で担っています。私たちは『共同創造空間』というコンセプトを大切にしており、さまざまな人に「ここは私たちもつくってるんだ」と言ってもらえるような関係づくりや参画の仕方をテーマに掲げています。
また、地域とのつながりを示す例として、北海道大学の入学式をエスコンフィールドで開催したこともご紹介します。同大学は当時、入学式の会場が狭いため学生と保護者を一度に収容することが難しく、悩まれていました。そこで弊社がエスコンフォールドを会場として提供することで、学生と保護者が同じ空間で式に参加できるようになった、ということがありました。
このように、エスコンフィールドはファイターズが一方的に提供する施設というよりも、みんなでつくり、ともに育んできた空間でありたいと考えています。
川端氏 :私たちは「感動のライフライン事業」という言い方をしていますが、その構成要素の一つとして「コミュニティ」を位置付けています。来場者の「楽しい」を事業の軸として、エンターメントを身近に感じてもらうための足の運びやすさなどは意識しているポイントです。一方でイベントの前後の体験も大事で、例えばぴあアリーナMMでは街とコラボして、イベント来場者が街なかで特典を受けられる取り組みを行ったり、横浜では市が「Music City Yokohama(ミュージックシティ よこはま)」を標榜しているので、関連するコラボイベントを実施したりしています。こうした取り組みを通じて、街全体が活気づき、エンターテイメントが身近に感じられるような仕組みづくりを私たちは進めています。
また、私たちは、ぴあ総研という子会社をもっているのですが、これまで見えにくかったエンターテインメントの価値を数字で可視化してデータを提供していることも社会貢献の一つだと捉え、取り組んでいます。
ビジネスとしてのスタジアム・アリーナの可能性
園田氏 :統計上、スタジアム・アリーナ市場は2019年以降、急激に成長を続けており、2024年度のスタジアム・アリーナ運営主要50社の売上高合計は3,800億円に達しています。コロナ禍前と比べて2割増となっており、今後、AI時代を迎える中で、さらに大きな産業へと発展していく可能性があります。そうした中、皆さんはビジネスとしてのスタジアム・アリーナの価値を高め、事業を成長させていくために、どのようなことに尽力されていますか。
田中氏 :NTTドコモでは、アニメや音楽、映像配信サービス『Lemino』などのコンテンツとリアルな会場をつなぐことで、お客様との接点を広げ、新たなビジネスチャンスにつなげる取り組みを進めています。
また、スタジアム・アリーナにおける話で言いますと、MUFGスタジアムには特定のホームチームがありません。そのため、国際大会など、人生で一度経験できるかどうかという特別なイベントを誘致し、来場者にスタジアムならではの体験を提供することで、スタジアムそのものを好きになってもらうことを考えています。これまでは選手の魅力や人気などの「コンテンツ価値」が、顧客満足度の8割9割を占めていましたが、今後は来場者の体験満足度を上げることによりスタジアム自身の価値を高めてファンになってもらうことを目指しています。
二井内氏 :スタジアムやアリーナは、建設できる数にも限りがあり、不動産ビジネスだけで事業を拡大していくには限界があります。そのため、不動産事業にとどまらず、さまざまな可能性を探りながら、新たなビジネスの創出に取り組んでいます。例えば、最近では秋元康さんがプロデュースする男性アイドルプロジェクトを進めているほか、自らIP(知的財産)を保有・管理するIPホルダーとしての取り組みにも挑戦しています。また、チケットサービスやECサイトの運営など、エンターテインメントとの接点を広げる事業にも取り組んできました。こうした試行錯誤を重ねながら、不動産事業以外の領域でも新たな収益機会を模索しています。
正田氏 :私たちはエスコンフィールドの開業に伴い、これまで球団と球場で分かれていた事業主体を一体で経営する体制へと転換しました。従来は球場側の事業領域だった部分も自分たちの事業領域となりましたが、単に事業領域が移っただけでは新たな価値は生まれません。10だったものを20、30へと広げていくために何ができるか、現在も試行錯誤を続けています。スポンサーシップの部分もやらせていただくようになりましたが、球場内の広告を看板だけでなくLEDを使った演出にするなど、実際にクライアントと折衝しながらその場で商談することで、スピード感をもちながら意思決定ができるようになったと実感しています。お客様の反応やニーズを現場の運営へ反映しやすくなったことは、スタジアムビジネスの可能性が広がるトランスフォーメーションの一つだと考えています。
川端氏 :業界のポテンシャルをどうマネタイズしていくか、また、お客様と私たちがいかにWIN-WINの関係を築いていくかは、意識しているポイントです。私たちはVIP向けサービスに力を入れていますが、スポーツ・エンターテインメントに感じる価値は人それぞれ違うため、さまざまな付加価値を持つ体験を提供することで、多様なニーズに応えるとともに、より高い価格帯の商品やサービスの展開につなげています。例えばピッチに下りられる、表彰式を間近で見られる、スポーツの試合でカメラマン体験ができるなど、そういった各種体験の提供は取り組みの一部です。
また、札幌では、音楽フェスの特別観覧席の利用に払ってもらったお金を利用し、地元の高校生にスタジアム関連の職業の裏側を見てもらうといった企画も行っています。私たちはこれを『ドネーション型ホスピタリティ』と呼んでいますが、業界に携わる人と投資してくださる方を繋いでいくことも行なっています。業界に興味を持つ人が増えればお金を出してくれる人も増えると考えており、そのためのさまざまな装置を作っていきたいと思っています。

テクノロジーでもっと面白く、より快適に
園田氏 :最近はAIのセキュリティ面など、ネガティブな側面も話題になりますが、テクノロジーの本来の価値は、体験をより豊かにすることだと思います。皆さんは、テクノロジーを活用して、どのような部分をもっと面白く、快適にしていきたいと考えていますか。
田中氏 :例えば音楽ライブやスポーツの試合において、満席だけど、同じ体験をしたいっていうことってありますよね。そうした時に、次世代IOWN(*)を活用することで、複数の会場同士を遅延無しにつなぎ、一体感をつくることが可能となってきています。通信により、別の会場なのにリアルで見たような空間をそこに再現するというイメージです。エンターテインメントを楽しむ世界が広がるにつれ通信やテクノロジーの必要性も高まっていくというように、両者は密接につながっていると考えています。
*光技術を中心とする次世代の情報通信基盤構想で、必要電力が従来の100分の1に削減されるほか、ネットワークの遅延がほぼなくなることで、遠隔地との通信におけるタイムラグがほぼ完全に解消されるといわれている。
二井内氏 :東京ドームでもそうなのですが、グッズ販売の長蛇の列など、施設で過ごす中で感じるストレスをテクノロジーで解決したいという思いがあります。また、イベントやスポーツチケットのリセールも解決させたい部分です。
正田氏 :スタジアムにおける演出です。登場のシーンなど、ファンが没入できるための仕掛けが作れたらと思っています。エスコンフィールドはガラス窓が大きいのでガラスを使ったLED演出とかやってみたいですね。透過性LEDの今後にも注目しています。これまでの球場での演出は、専門の方による職人芸のようなところがありましたが、それもAIが入ってきたことにより変わってきています。
川端氏 :天然芝の屋外スポーツ場を翌日には音楽ライブの会場として使うなど、テクノロジーで場面転換をスムーズにできると最高ですね。あとはデジタル演出です。従来のコンサートステージは迫力があって魅力的ですが、設営・撤去に多額の費用がかかるうえ、専門の職人の人材不足も課題です。デジタル演出でも、実際のステージに迫る臨場感を実現できるといいと思います。
また、エンターテインメントと社会をつなぐオンサイトでのマーケティングも、もっと便利で魅力的にしたいですね。例えば、好きなアーティストが愛用するブランドを知り、その場で購入できるようにするなど、移動中やライブ直後のタイミングをビジネスチャンスにつなげられるのもデジタルの強みです。ただの広告にとどまらない体験価値を生み出していきたいです。
業界の連携とテクノロジーで拓く、日本のスタジアム・アリーナの未来
園田氏 :人をイベントに招待する際など、そのイベントが持つストーリーを伝えることは非常に重要で、だからこそ、ファンエンゲージメントやファンジャーニーに関する部分を、テクノロジーを使ってより良いものにするというのがウフルのチャレンジだと考えています。AI時代だからこそ、感動やリアルな体験の価値はかえって高まっていると思うので、そうしたものを、AIやテクノロジーを活用することでより豊かにしていけたらいいですね。
田中氏 :私たちが運営しているMUFGスタジアムのそばには『明治神宮球場』や建設予定の『新秩父宮ラグビー場(仮称)』など、複数のスタジアムやアリーナがひしめいています。それら複数の施設が連携することで地域やエンターテイメントを盛り上げていけたらと思っています。
二井内氏 :同日にイベントを開催した場合、どれくらいの集客につながるのでしょうね。私たちは秋元康さんがプロデュースするボーイズグループのマネジメントも手がけているのですが、そのライブ映像配信など、連携してできたらと思っています。
正田氏 :チケッティングのこれからについても非常に興味がある部分なのですが、川端さんに海外との違いや、日本におけるチケッティングのあるべき姿など伺いたいです。
川端氏 :日本のチケッティングの未来は、単にチケットを販売する仕組みから、ファンの視点で興行や来場体験を横断的につなぐ仕組みへと進化していくと考えています。15年ほど前、アメリカのチケッティングに触れ、定価を前提とするのではなく、需要や購入者の選択によって価格が形成されていく考え方に感銘を受けました。今後は、ファンが自分の予算やタイミングに応じてチケットを選ぶことができ、かつ主催者側はそれぞれのファンに適した付加価値を提供することで、新たなエンゲージメントが生み出される、そんな時代になると考えています。
園田氏 :長年スタジアム事業を見てきて、テクノロジーの活用が着実に進んでいると感じる一方で、まだまだ発展の余地があるとも感じています。スタジアム・アリーナ事業は、これまで培われてきたベストプラクティスを共有し、互いに手を取り合いながら発展させていくことで、いつか『ジャパンコンソーシアム』として世界に発信できる、そんな可能性を秘めていると思っています。
ウフルは現在、2034年のFIFAワールドカップ開催も控えるサウジアラビアとの関係を深めています。大変なチャレンジもあるかと思いますが、こうした機会も生かしながら、皆さんと一緒に何か面白いことができればと考えています。
本日はありがとうございました。

<了>
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