(取材と文、筑紫直樹)
2028年8月開業に向かって、モンテディオ山形が民設民営で計画を進めている新スタジアム計画。後編では、新スタジアム建設プロジェクトを担当する株式会社モンテディオフットボールパーク(MFP)の長岡隆泰氏が話してくれた、さらに詳しい計画の内容をお届けする。また、新スタジアムにおけるサステナビリティ戦略について、同クラブの事業部を統括する鈴木 順執行役員にも話を伺った。
前編はこちら

―新スタジアム自体の運用という意味で、現行の陸上競技場では難しいものの、専用スタジアムだからこそ提供できると想定されているファン体験などがあれば教えていただけますか。
長岡氏:複数ございます。まず、ファンやサポーターという観点からいくと、今回は民設民営で舵を切ったことの一番大きな要素でもあるのですが、公共施設ではできない座席の区別化があります。
どうしても公共施設というのは公平・平等という観点から、著しくグレードアップした座席を設けたり、片やスタンディングの座席があったりなど、一般的に区別化するのが難しいというふうにされていますが、今回は民設民営ということでその辺は振り切って、高価格帯の席種については、それ相応の座席を設置して一般席と呼ばれる場所との区別化を図ることはしようと考えています。一般席よりも高い金額を払ってでも良い席で見たい、クオリティの高い席に座りたい、という方々のニーズに応えることができるような座席のしつらえにするというのは、まさに民設民営だからこそ可能なアプローチです。
また、観戦環境もしかりです。来場されたすべての方々に同じような観戦体験を提供するのではなく、席種に応じて付加価値をお楽しみいただけるような観戦環境を整備したいと考えています。ケータリング等の飲食体験や提供するすべてのサービスについても、金額に見合った付加価値を体験していただきたいと考えており、新スタジアムの場合は、そういったサービスや体験を設計段階から計画させていただいています。

現在使用しているNDソフトスタジアム山形に関しては、約34年前の平成4年(1992年)の国体開催の目的で建てられた昭和の設計、つまり約40年前の設計で建てられたスタジアムといえます。そのため、電気の容量や水道など、近年の運営スタイルとはなかなかマッチしない設計になっており、今も仮設の電源を引いてくる必要性があったり、水圧がなかなか上がらないために散水の飛距離も当時の設計と比較して短くなっているなど、プロサッカー興行の円滑な運営を難しくしている様々な課題があります。
新スタジアムにおいては、例えば、水を出したい時にすぐ出せるとか、必要な電気量をピッチに近いところですぐ確保できるとか、これまでの30年超の管理経験の積み重ねからくる知見も設計に反映したので、選手にとっても管理者にとっても使いやすいスタジアムになるだろうと期待しています。
―現行の山形県総合運動公園陸上競技場(NDソフトスタジアム山形)の管理者は株式会社モンテディオ山形さんですが、新スタジアム完成後も管理は継続されるという認識で正しいでしょうか。
長岡氏:はい。私は平成15年からこの職に就いていますが、前身の管理会社は第3セクターの公社で、平成2年の9月から34年間、私としましては通算して22年間にわたり当公園の管理を担当させていただいており、新スタジアム完成後も引き続き当公園内の他の施設を含め、一元管理をしていく予定です。
また、NDソフトスタジアム山形は県有財産という形の経営施設で、全国大会クラスのイベントを開催可能な一種公認の陸上競技場というのは山形県ではここしかなく、物品等も含めてここにしかない物がたくさんありますので、新スタジアム開業後も、県総合運動公園陸上競技場含め、我々が管理していく予定です。

―新スタジアムのVIPラウンジやスカイボックス、ビジネスボックス等のホスピタリティスペースで提供される食事は、スタジアム内の厨房で調理されるかたちを想定されていますか。それともケータリング会社に外注するかたちになりそうでしょうか。
長岡氏:今後、運用の中で調整していくつもりではありますが、調理ができるスペースというのは、今回の設計の中に含まれています。
―スタジアムグルメ(スタグル)全般に関しては、現在は主に場外のキッチンカーや屋台群で構成される『ブルーキッチン』が思い浮かびますが、新スタジアムでは、コンコース内にスタグルを展開するかたちになるイメージでしょうか。それとも、場外のブルーキッチンもオープンして、両面で幅広く展開されるのでしょうか。
長岡氏:今の予定としては、既存のNDソフトスタジアム山形と連携した取り組みを想定しているため、新スタジアム開業後も、現在のブルーキッチンが出店する県総合運動公園の中央広場にも、継続して飲食店を出店していきたいと考えています。
というのも、JR天童南駅から来られるルートというのは実はこの公園内を通ってくるルートが一番近いので、公園内に入ってきてもらうともうすでに何か賑やかしがあって、スタジアムに近づいていくにつれて、その賑やかしがどんどん拡大していくようなかたちの作り方をしていきたいと思っています。なお、新スタジアムに関しては、場外という考え方がなくて、スタジアムの一番外の門をくぐっていただいたら、すでに場内に入場されているというかたちになります。

―(パナソニックスタジアム吹田やヨドコウ桜スタジアムが竣工後に立地自治体に譲渡したように)新スタジアムを民設で建てた後に、立地自治体である山形県に譲渡するのではなく、民営で維持管理もされていくという理解で正しいでしょうか。
長岡氏:はい、譲渡は致しません。完成後も我々が管理・運営していきます。
―民設民営で整備・運営する代わりに、立地自治体が固定資産税などを減免する優遇措置については、国内外のスタジアムプロジェクトでもよく聞く話ですが、今年初め、栃木シティFCがホームタウンの栃木市を提訴*するなど、住民の理解を得ることが必要不可欠になりそうですね。
*J3の栃木シティFCの主要スポンサーである株式会社日本理化工業所は、民設民営のスタジアムを建設するにあたり、10年間にわたって固定資産税と公園使用料の免除を受けることで、2020年に栃木市と覚書を交わして合意していたが、反対する市民が免除の取り消しを求めて提訴。2023年11月に市民側の主張を全面的に認める判決が確定し、日本理化工業所は、市の請求額を納付した後の2025年1月31日、市に損害賠償を求める訴えを起こした。
長岡氏:はい。まさにそのケースがありましたので、我々もどういったかたちの協議を進めていくのかということも含め、対応を検討している次第です。
―これはTHE STADIUM HUBとしてどうしても聞かなくてはいけない質問なのですが、ここ最近でいうと昨年、サンフレッチェ広島とV・ファーレン長崎がホームスタジアムだった陸上競技場から、新たに専用スタジアムに移った際に、旧スタジアムに感謝の気持ちを伝える模型やシャツといったグッズのキャンペーンを展開しました。新スタジアムへの移転というのは、クラブ、ファンやサポーター、そして試合観戦を楽しみにしていた地域の方々にとって嬉しいことである一方、長年にわたってホームスタジアムだった思い出の場所との別れには、物寂しい一種の哀愁の念も感じたりするものです。
山形の場合は、新スタジアムがすぐ隣の土地に建つので、そこまで寂しくないのかもしれませんが、特にグッズやマーチャンダイズの方面で、現在のNDソフトスタジアム山形にお別れする企画などはあるのでしょうか。
長岡氏:現在、その部分の運用に関して何か確定したものがあるわけではないのですが、新スタジアムの収容人数が1万7,000人程度なのに対し、現在のNDソフトスタジアム山形には2万1,000人が入場可能ですので、例えば、(ベガルタ仙台との)『みちのくダービー』であったりとか、どうしても+4,000人というニーズが必要になった時は、現在のNDソフトスタジアム山形である県総合運動公園陸上競技場に戻る可能性も無きにしも非ずで、新スタジアム完成後は県総合運動公園陸上競技場を完全に使わなくなるという話ではないと思っています。
維持管理も含めて、今後どうするのかは、これからの3年の中で決めていく話になると思いますが、今現状としては、県総合運動公園陸上競技場についても同水準のまま管理し、いつでもJリーグの試合を開催できるスタジアムとして維持していくイメージではありますので、おそらくゼロ百の話にはならないのかなと思っています。
ただ、新しいスタジアムができたのに、そこの+4,000人を追いかけるべきなのかと言われるかもしれないので、そこはちょっと今後、代表も含めて相談をしていかなければならないと思いますが、「さようなら」感を出すというよりかは、新しいスタジアムでの「こんにちは」感を出す方向になるのかなと思います。
―「+4,000人を追いかけるべきか」というのは非常に興味深いお話で、むしろ追いかけなければ、新スタジアムでのビッグマッチは1万7,000近い席が完売し、チケットはプラチナ化します。一方で当然、その+4,000人を追いかけることで、2万1,000人の『みちのくダービー』が完売するかもしれません。
以前に、ヨドコウ桜スタジアムでセレッソ大阪の方に「ガンバ大阪とのダービーだけは、隣接する(約5万人収容の)ヤンマースタジアム長居で開催する可能性があるかと聞いたところ、「全席完売してプラチナチケット化しても、約2万4,500人収容のヨドコウだけでやります」と即答されていたのが印象的でした。
長岡氏:これはまさに仰る通りだと思っていまして、当然、興業の運営やチケット担当とも話をしていくことなのですが、今もダイナミックプライシングでチケットの価格設定をしており、集客が多く見込まれる試合とそうでない試合では、価格差を3段階で分けています。例えば、それを5段階にすることで、4,000人分のチケット収入を新スタジアムでカバーできてしまうかもしれない。そうなると、それを県総合運動公園陸上競技場で追いかけるより、新スタジアムでの興行を優先すべきだという話になるかもしれません。
そもそも、なぜ、2万人や3万人のスタジアムじゃなく、1万7,000席にしたのかというと、やはり満杯感やソールドアウト感、一体感を出したい、というところが売りであったので、あくまでそういった選択肢も可能性としてはゼロではないということです。
―先ほどの雇用機会の創出に関連しますが、今後、新スタジアムに移転することで、運営スタッフの方であったり、マンパワーのところを増強していく計画はどうでしょうか。
長岡氏:実際に新しく管理する施設が1つ増えるわけですから、今の人数だけでは賄えないというのが正直なところだと思います。あとは、新スタジアムの管理機能として、どこまで我々が直営でやるのか、外部委託等々をどのように活用していくのかによって、業務のスタイルも変わると思いますので、我々が今後どういったかたちの運用形態を取っていくかというところだと思います。
―新スタジアムでは、例えば、コンサートのようなサッカー以外のイベントの開催も予定されているのでしょうか。
長岡氏:ピッチ外の南側のスペースでは、シーズン中もオフシーズンも2,000~3,000名規模のイベントは開催していく予定です。
ピッチ内については、現在も県と協議しているところなのですが、芝生の圃場を隣接地でそのまま確保できるのであれば、いつでもイベント等で利用していただけるスタイルにはしたいと考えています。
ただ、圃場の通年での貸し付けが可能かということについてはなかなか難しい部分もあるようですので、山形県として常時貸し付けができるような状態になれば、前向きに検討したいという状況です。

―NDソフトスタジアム山形といえば、降雪時にファンやサポーター、地域の方々がクラブスタッフと一緒に雪掻きをしている姿が、ある意味、風物詩のように全国のサッカーファンに知られていますが、新スタジアムならではの積雪対策などはありますでしょうか。
長岡氏:まず、屋根が付いているので、スタンドの雪掻きがなくなるということがひとつ、そして、雪を積もらせづらくするシステムを開発中でもあります。
―新スタジアムということで、エコ対策やSDGsへの貢献度なども注目されると思うのですが、そちらについてはいかがでしょうか。
長岡氏:新スタジアムで使用する電力は、再生可能エネルギーを調達することで、SDGsに繋げていく形を考えています。ただ、太陽光パネルの設置や雨水利用については、費用対効果を精査してみたところ、どうしても費用負けしてしまうという試算が出たため、現時点では採用しない予定です。
間伐材を使った箸や生分解性の食器の使用など、ソフト面でのSDGsの取り組みは、現時点ですでにチームやクラブの活動としてパートナーシップを組んで実践していますので、今後も各所と連携して取り組んでいくことになります。
また、(自閉症や発達障害による感覚過敏に苦しむ人向けの観戦施設である)センサリールームには関しては、設置を予定しています。
鈴木氏:Jリーグ全体としては、2026年からアジアで初めて(世界では5番目)Sport Positive League(SPL)に参画することが決まっており、各クラブの気候アクションに関する取り組みの評価に応じて、Jリーグサステナビリティ事業活動助成金が傾斜配分される仕組みになっています。CO2排出量については、2026年より法人全体の事業活動に関してScope1,2,3を算定することになっていますので、そこに資する活動は今後実施していくと思います。
電力の調達についても、現在、国立競技場のグリーン電力は購入していますが、今後我々が再生可能エネルギーを調達していく可能性はあるとは考えています。また、Scope3という意味では、食材調達やお客様の輸送といった事業活動も対象になってくると考えると、公共交通機関やシャトルバス、オンデマンドタクシーといったライドシェア領域を、我々の事業だけでなく、地域全体のモビリティも含んで見据えていかなければならないと考えています。
―たしかに、地方のクラブでも、無人バスや水素バスをシャトルバスとして導入したい自治体との、連携などの話もあります。
鈴木氏:今後、様々なモビリティの技術が出てきますよね。実は東側に、宮城の仙台駅と山形市の羽前千歳駅を結ぶJR仙山線の楯山駅という無人駅があるのですが、そこから移動すると、直線でここの駐車場の横に出てくるのです。
その楯山駅は、エリア的に山形市内ということで、山形市としては利用客が多いに越したことはありません。ですので、例えば、ベガルタ仙台さんのファンやサポーターの皆様が来られる時は、そこを起点にシャトルバスを出したり、駅舎の建て替え時にはモンテディオカラーを採用したりするなど、活性化案についてアイデアベースで話をしています。
たしかに、楯山駅が使えると、来場客の人流が分散し、さらに、仙台から乗り換えなしで来ることができるようになります。現在、最寄り駅として利用されているJR天童南駅は、仙台駅からだと羽前千歳駅で乗り換えなくてはいけません。山形駅から来られる方々は、楯山も天童南も1本で行けますので、単純に鉄道の選択肢が2パターンに増えることになります。そういったかたちで、人の流れが分散してくれるといいなと思っています。
―本日はたくさんのお話を聞かせていただき、誠にありがとうございました!
インタビューから一夜明けた2024年4月5日、モンテディオ山形は本拠地『NDソフトスタジアム山形』にジュビロ磐田を迎え、Jリーグのホームゲームを開催した。このスタジアムがモンテのホームスタジアムである日常はもうすぐ終わりを告げるわけだが、この日訪れた多くの来場客に悲壮感はまったくない。楽しそうに笑顔でグッズショップやスタグル、縁日を満喫しているファンやサポーターたちの表情は、試合というイベントへの喜びと期待で満ちている。


2028年夏、地域の愛を一身に受けているこのクラブは、生まれたばかりの専用スタジアムで新章を迎える。ファンやサポーター、地域の方々の歓喜と悲哀の歴史も、移転後は新たな舞台で繰り広げられることになる。もう既にこれだけマッチデーを堪能している来場者の皆さんが新スタジアムで試合を観始めたら、どれだけ今以上に興奮するのだろう。そんな瞬間を目撃できる日が、今から楽しみでしょうがない。

<了>
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