(取材と文、写真・筑紫直樹)
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来場客の入場列は途切れることなく、関係者や来賓の歓迎の拍手の中、ホーム側の観客が次から次へと南スタンドやメインスタンドなど、各々の座席へと進んでいきます。
独特の個性が印象深いスタンドたち
南スタンドに聳(そび)え立つのは、金沢駅の象徴的な建築でもある鼓門を彷彿させる意匠のウェルカムゲートです。
実際に試合中はホームゴール裏のサポーターの声援や歓声をピッチ側に反響させる屋根としての役割も果たしていますが、今後、この新たなスタジアムがひとつのランドマークとして認識されるうえで、ウェルカムゲートのデザインこそが記号的なデザインとして認識されるのではないかと思います。
エディオンピースウィング広島と同様に、金沢ゴーゴーカレースタジアムも南北東西すべてのスタンドの形状が異なる特徴のあるスタジアムです。まず、VIPやスカイボックス、選手用施設、メディア機能などが集結するメインスタンドは4階建てで、屋根は観客席の最前列までカバーしています。
対面のバックスタンドは、よりシンプルな3階建ての2層スタンドになっていますが、どこからでも臨場感ある観戦が可能な傾斜で座席が設置されています。こちらも屋根の端先がしっかりと観客席の最前列をカバーしています。また、メインストと同じく、座席の色によるグラデーション模様が彩られていますが、こちらは「KANAZAWA」の文字も座席で表現されており、海外のスタジアムを彷彿させます。
メインスタンドとバックスタンドの2階部分を通るコンコースが、南スタンドの観客席最上部を通るかたちで3棟のスタンドを繋いでいますが、アウェーゴール裏の北スタンドだけは物理的に連結していないため、金沢ゴーゴーカレースタジアムは馬蹄(U字)型のスタジアムといえるでしょう
2階のコンコースは、天井が高く開放感があるほか、トイレや授乳室の表示や案内のサイネージが大人の平均身長よりも高い所にあるため、初めて来場した観客にとっても視認性が高いのが嬉しいところです。
なお、現時点で北スタンドには、従来と比較する極めて小規模なサイズの観覧スペースと大型ビジョンしかありませんが、ビジョンの基部に木材を採用しているのは、お茶屋の佇まいというか、金沢らしさが表現されていると感じました。この北スタンドのみ、他の3スタンドのコンコースと物理的に繋がっていない構造ですが、将来的には、北スタンドとバックスタンドの改修によって、J1規定を満たす増設が可能になります。
特別観覧席で大人気のフードデリバリー
さて、この日、筆者の取材の主戦場は、『プレミアムラウンジ』と『フィールドシート』という特別観覧席があるメインスタンドでした。プレミアムラウンジは、通常の試合でも1万2,000円/席で利用可能な特別観覧席で、メインスタンド中央部のサッカー観戦に絶好の位置で試合を観れるだけでなく、利用者のみが入室できるラウンジスペースで無料のソフトドリンク(ビールは有料。この日はラウンジ内の専用サーバーで提供していたが、今後はビールも『売り子ール』で注文できるような運用に移行)を楽しむことができるちょっと贅沢な席種です。
フィールドシートは、その名のとおり、メインスタンドと南スタンドのコーナー近くのピッチに隣接する臨場感満載の特別観覧席で、選手のアクションが目の前で繰り広げられるため、迫力ある観戦体験が可能です。さらに、カウンターが設置されているため、配達された飲食商品を目の前に置けるのも強みです。
この2種類の特別観覧席には『売り子ール』のカードが設置され、利用客はメイン及びバックスタンドのスタグル店舗の商品をスマホで注文・決済することで、飲食商品を座席で受け取ることができるのです。この『売り子ール』、実は弊サイトを運営する株式会社ウフルのスタジアム関連ビジネスの別動隊が開発から運用まで担当しているのですが、普段スタジアムで出会いそうで出会わない2チームが金沢の新スタジアムで合流するというレアな邂逅ということで、今回は特別にツエーゲン金沢から許可を得て密着取材を敢行しました。
『売り子ール』は、これまでにJリーグではFC東京(味スタ)や川崎フロンターレ(等々力)や、横浜Fマリノス(日産)、大分トリニータ(レゾド)など、プロ野球(NPB)の福岡ソフトバンク・ホークス(福岡PayPayドーム)や埼玉西武ライオンズ(ベルーナドーム)、そしてBリーグの島根スサノオマジック(松江市総合体育館)といったチームが導入した実績がありますが、その多くは欧州のサッカースタジアムでよく見る事前注文サービス(事前に飲食商品を注文し、ハーフタイムなど指定した時間帯に利用客が商品を受け取りに行くことで、スタグルの待機列をスキップできるサービス)で、フットボールスタジアムの座席へのフードデリバリーはJEF千葉(フクアリ)以来とのこと。担当者たちの目には気迫がこもっています。
注文受付開始前にメインスタンドとバックスタンドのコンコースを覗いてみると、やはり購入客の待機列が長く伸びていました。スタグルの待機列にキックオフ前に並んだ購入客の方が、商品を手にしたのは後半だったという混雑模様。
さらに、再入場が容易に可能な動線設計が奏功したのか、バックスタンド場外の地上レベルに展開されたキッチンカーエリアも大混雑しており、この日のスタグルの人気度の高さを物語っていました。
13:30、いよいよ金沢ゴーゴーカレースタジアムで『売り子ール』による注文受付開始と同時に、多くのオーダーが入ってきます。担当スタッフたちが目まぐるしく注文を整理し、各店舗に届けます。そして、調理された商品がラウンジに届くと、購入客の座席を確認し、スタッフが細心の注意を払いながら配達します。
たしかに、自分で長いスタグルの待機列に並び、さらに購入後も自分の座席まで注意して運ぶというのは、なかなか大変なものです。その点、席に座って観戦しているところに、スタッフが温かい蕎麦や牛丼、オムライスなどの商品を届けてくれるのは、ストレスフリーで利便性が高い贅沢なスタジアム体験といえるでしょう。また、車いす利用者や身体が不自由で移動が困難な観戦者にとっても非常にありがたいサービスであることに間違いありません。今回、実際に購入された方が喜んで受け取っている姿を見て、スタジアムにおける顧客サービスの新たな可能性を感じました。今回は14時過ぎに記念試合がキックオフということで、今回は13:30から注文の受付を開始する体制で準備を進めますが、嬉しいことに、対象座席の観客の方々からは「早く注文したい」という要望が出ていました。注文開始時刻は、商品を販売するスタグル店舗の調理・商品提供スピードを考慮して設定されるため、需給バランスや運営効率の最適化などについては、今後も関係者間の協議が重要になりますが、飲食商品のモバイルオーダー、そして何よりも(座席への配達を実現する)インシートデリバリーが大きな注目を集めていることを現場で実感できたのは収穫でした。
現場の慌ただしさと熱気に心動かされながら取材を続けるも、ふと気付けば記念試合は終了し、宴は終わりを告げました。この日の杮落としには8,566人が来場し、金沢ゴーゴーカレースタジアム、そしてクラブの新たな門出を見届けました。 『挑戦を、この街の伝統に。』という理念を掲げるツエーゲン金沢が、この先多くのチャレンジに取り組める北陸初のフットボール専用スタジアムで、これからどのようなドラマが生み出すのか、今から楽しみです。
二都の記憶 - 編集後記
2週間で2か所の全く異なる都市の新スタジアムが杮落しを迎えるという、今後おそらく自分が生きているうちには起こりえないのではないかという歴史の大転換点の渦中に身を置くことができたことに感謝の気持ちでいっぱいです。同時に、フットボールスタジアムを本拠地とするクラブがようやく過半数となったJリーグ、そして日本のサッカーの「新たな歴史」が、今、これから始まると考えると、本当に楽しみな時代が到来したものです。
広島篇に続き、ここでもなぜ、あえて「新たな歴史」という表現を選んだのか。それは、「未来」がまだ具現化していない未発生のビジョンであるのに対し、新スタジアムでは、杮落しが始まるその瞬間以降の発生事象が、すべて地域のファンやサポーターと共に純然たる「現実」として紡がれていき、その「現実」の積み重ねが「歴史」として時を刻み続けるからです。
長い間にわたってクラブやファン、サポーター、地域と一体となって多くの喜びや怒り、悲しみ、カタルシスを共有してきた旧スタジアムの記憶は、新スタジアム誕生の瞬間と共にひとつの終焉を迎え、「過去」の記録へと変容します。だからこそ、サッカーのみならず、すべての新ベニューにおいて、誕生前と誕生後の世界観には大きな意識の隔たりが発生し、杮落としはその転換点であると同時に、二つの歴史のバトンを受け渡す唯一無二の特異点で在り続けるのです。
さあ、2024年10月に杮落しを迎える長崎のPEACE STADIUM Connected by SoftBankは、どのような姿を見せてくれるのか。その瞬間を楽しみにしたいと思います。「Stadia, be ambitious!」
<了>
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