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(取材と文、写真・筑紫直樹)
会場にはスタグル以外にも様々なPR・体験ブースが出展しており、四国山地の木を使った木工体験コーナーでは、子どもたちが一心不乱にウッドクラフトを楽しんでいました。ゴール裏とバックスタンドは、スタジアムの「内」と「外」を隔てる「境界」がフェンスや柵といった物理的な障害物でなく、緑溝と呼ばれるグリーンインフラに流れる小川と盛り土の丘によって確立されており、この点も里山スタジアムが心地よい空気に包まれていた理由のひとつかもしれません。
ここで、各ブースの様子を見ながら歩いていた記者の足がふいに止まりました。気になるブースがあったのです。それは緑のブランドカラーの『mobi』というライドシェア(相乗り)交通サービスを運行するCommunity Mobility株式会社のPRブースでした。
欧米のスタジアムでは、ライドシェアアプリとのパートナーシップ等を通じ、スタジアムにおけるアクティベーションも兼ねたライドシェア事業の展開が顕著ですが、日本ではタクシー業界の反発もあり、なかなか普及が難しいと考えられてきました。同社は、こういった障壁を地場のタクシー会社との協業によりクリアしたのこと。
ブースで説明をされていたCommunity Mobility株式会社の坂本亮 中部・西日本エリア統括シニア・マネージャーによると、今治市内の指定エリア内をmobi専用車両が回遊することで、相乗りで効率よくスタジアムまでアクセスできるだけでなく、料金も大人300円/人、こども150円/人とお手頃な価格が設定されているそうです。
提携しているタクシー会社のプロの運転手による移動なので、相乗りとはいえ完全に見知らぬドライバーの車に乗らずにすむのは、女性や若い人たちにとっても安心です。さらに、アプリや電話で事前予約なしで利用でき、到着予想時間や車両位置もわかるなど、可視化された利便性もポイントが高いと感じました。
今後、スタジアムに多くの観客が来場し、また、クラブの将来的なJ2、そしてJ1昇格に伴うスタジアム拡張と集客数増加を考えると、渋滞回避や悪天候時の移動手段としてのライドシェアサービスには大きなポテンシャルがあります。この日は、高齢の来場客も多く、免許を持たないファン層にも魅力的なサービスだと思いました。
ふいにメインスタンド最上部の踊り場から打ち放たれた和太鼓の音が、新たな目覚めの鼓動の如くスタジアムに響き渡り、宴の始まりは告げられました。
ピッチ内では、地域の伝統芸能である獅子舞・継ぎ獅子演舞やダンスチーム『CyberAgent Legit』のイマヴァリタオルズによるダンスパフォーマンス、そしてFC今治OB選手、元日本代表選手のスペシャルゲストによる混成チームとFC今治U-18、FC今治レディースが対戦するエキシビジョンマッチが開催され、宴のボルテージは最高潮に。特にエキシビションマッチでは、岡田会長と家本審判による絶妙な呼吸の主審交代劇が観客の大爆笑を呼ぶなど、終始スタジアムが笑顔で満たされていました。
大盛況のうちに幕を閉じた宴でしたが、これだけ盛り沢山のイベントの開催は、クラブスタッフの入念な準備による円滑な運営があって初めて実現するものです。そして、このコラムでは何度も書いてきましたが、こけら落としはスタジアムにとって一生に一度の誕生日。新たに誕生したスタジアムの責任者で、FC今治の今治里山スタジアム統括グループ執行役員、中島啓太氏に話を聞くことができました。
THE STADIUM HUB - 今治里山スタジアムが正式にオープンしました。これまでの数年間を振り返りつつ、今の率直なお気持ちをお聞かせください。
中島氏:応援してくださった方々への感謝、そしてスタートラインに立ったという気持ちです。
このスタジアムは今治にきた当初(2015年頃)から構想がありましたがあまりに壮大なプロジェクトで、「本当にできるのか?」と迷いを感じたことが何度もありました。それが実現できたのは皆さんの支援があってこそで、その感謝は言葉には表せないほどのものです。
今日立ったスタートライン。里山をこれから育てていくことで、その恩返しをしたいと思っています。
- 新スタジアムのオープニングセレモニーに多くの方々が来場されました。満員のスタンドをご覧になってどう思われましたか?
中島氏:正直にいうと、そこまで周りを見る余裕がありませんでした。。。
(新スタジアムにおける)初めての運営ということでバタバタした1日でした。ただ、帰り際のお見送りの時、みなさまの顔から笑顔が溢れる様子を見て涙が出そうになりました。みなさんと一緒に今治里山スタジアムの完成に立ち会えたことは、人生の誇りです。
- 岡田会長は「現在の今治里山スタジアムは、まだ第一段階の姿にすぎない」と話していましたが、スタジアムが今後どのような姿に発展・成長していくか、未来のビジョンをお聞かせください
中島氏:これからの時代を切り拓く、唯一無二の拠点に育てていきたいと思っています。
経済的に豊かになっているはずなのに、どこかで閉塞感を感じる現代社会。次代の豊かさのありかたを示し、社会を切り拓く、そんな場所にしていきたいです。そのために、スタジアム機能にとどまらない365日の賑わい、そして多様性に満ちた交流拠点をつくります。
まずは、おそらく日本初となるスタジアムでの社会福祉法人との連携、そしてペットも含めた家族の余暇を過ごせる場所やゆったりとした空気が流れるカフェの運営。そしてその先には、FC今治ファミリー同士が支え合って生きていける、心豊かな共助のコミュニティの開発を目指します。
とても時間のかかる挑戦ですが、それが私たちの掲げる企業理念「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会づくりに貢献する」ことにつながると信じています。
クラブ、パートナー企業、ファンやサポーター、そして地域の人々が作り上げた最高の宴、それが今治里山スタジアムのオープニングセレモニーでした。クラブやスタジアムを運営する株式会社今治.夢スポーツの岡田武史代表取締役会長は、オープニングセレモニーの中で「今のこのスタジアムの姿はまだ第一段階でしかない」と話しましたが、今治里山スタジアムの成長や変化というのは、将来的なJ1規格への拡張や改修だけでなく、周辺環境も含めたスタジアム全体の恒常的な進化を示唆しており、むしろその意味では、このスタジアムはそもそも「最終形」の概念を持たないことで、無限の可能性を内包しているといえるでしょう。
そして、最後になりますが、オープニングセレモニーの喝采と歓喜が湧き上がる今治里山スタジアムを静かに見つめていたFC今治の旧ホーム『ありがとうサービス. 夢スタジアム®︎(夢スタ)』について言及しないわけにはいきません。
FC今治の株主でもある株式会社ありがとうサービスが総工費約3億円で建設し、2017年8月に完成した夢スタは、昨シーズンまでクラブがホーム戦を開催していた今治初のJリーグ規格のサッカー専用スタジアムです。今後はトップチームの練習場やFC今治レディースのリーグ戦会場としてクラブの行く末を見守ることになりますが、FC今治が2019年11月10日にJ3昇格を決める勝利を収めたのがこの夢スタである事実は、この先も語り継がれていきます。上陸の宴で歓喜に沸いた今治里山スタジアムが世界を目指す海賊船ならば、夢スタは、その野望実現の道標たる曳航船として大きな役割を果たしたのです。
およそ4年前の2019年3月、中島氏の案内で夢スタを取材していた記者は、バックスタンド越しに見えた今治の街とその先に煌めく青い海の姿を今も鮮明に憶えています。
2023年立春、夢スタのバックスタンドの眼下には、無限の可能性を秘めた里山の未来図が広がっています。
<了>
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