2021年4月11日(日)、東京の国立競技場で日本女子代表『なでしこジャパン』とパナマ女子代表との国際親善試合が開催されました。新型コロナウイルスの感染が再拡大している影響により、日本各地で「まん延防止等重点措置」が発令されている厳しい状況下でも、東京オリンピックに向けて調子を上げてきているなでしこメンバーの活躍を見たいと4,036人もの観客が集まりました。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)も、東京オリンピック・パラリンピックに向けて「誰一人取り残さない」を合言葉に、どんなお客さんでも試合観戦を気軽に楽しんでもらえるような環境づくりに奮闘しており、今回はその取り組みについて取材しました。
(取材と文・武冨遼子 編集・筑紫直樹)
公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は、2021年1月の「天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会」の決勝でも環境に配慮したスタジアムサービスや発達障がいのお子さんに向けた観戦企画等、社会課題や環境課題の解決の一助となるような各種施策を行うなど、「サッカーを通じて豊かなスポ ーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念を掲げて、女性活躍の推進活動や復興支援活動を含め、多様な社会貢献活動に積極的に取り組んでいます。今年からは「よりサステナブル(持続可能)な事業展開」に挑戦すべく、国連サミットで採択された「持続可能な発展のための2030アジェンダ」で表明されている「持続可能な開発目標(SDGs)」を推進する活動も始めました。
今回の国際親善試合を含めた日本代表戦においては、新たに視覚障がい者用の音声ガイド付きの実況解説シートの販売や、専用アプリ『au XR Door』を使用してスタジアムに来られなくとも応援ができるサービスの提供を試みました。それに加えて、特別協賛の株式会社クレディセゾンの協力の下で『誰一人取り残さないサッカー体験~スタジアムでの感動を子どもたちに届けよう!プロジェクト』も行われました。
これは、様々な理由で試合の観戦が難しい子どもたちを6月のU-24日本代表の国際親善試合に招待する為に、投げ銭のウェブサービスを通じてファンやサポーターから応援資金を集めるという内容のものです。この企画でしか手に入らないJFA100周年記念バッグやU-24日本代表のオリジナルフォト等の豪華な返礼品が用意されており、200人以上が参加しました。
このように「よりサステナブル(継続的)な事業展開への挑戦」と題して新しく取り組んだ事が多くある中で、元旦の天皇杯決勝と同様に、仮設のセンサリールームも設置されました。
センサリールームで対応するJFAスタッフ向けには、富士通が制作した感覚過敏VRを使って、埼玉県立入間わかくさ高等特別支援学校の先生が事前研修を行い、感覚過敏のお子さんの困りごとや必要な配慮を理解した上で試合当日に臨みました。この仕組みは今後、JFAがこの取り組みを全国のスタジアムに拡げていく際に、基本スキームになる可能性を秘めており、持続可能性の観点から見ても、大変重要な一歩を踏み出したことになります。
今回の試合では、天皇杯の観戦企画の抽選で外れてしまったご家族を優先して2家族を招待するかたちとなりました。ご家族のお母さんは、「正直な話をすると、天皇杯の抽選で落ちてしまった時に「行ってみたかったけれど、仕方がないよね」と話していたので、まさかこんな形で呼んでもらえるとは思わなかったです。招待のメールを頂いた時は、家族でとても興奮しました!」と嬉しそうに話していました。
【当日のセンサリールーム企画の流れについて】それぞれのご家族は部屋に用意されていた日本代表のユニフォームに目を輝かせて直ぐに着用し、周りの関係者もその様子を見ながら「特に子どもはユニフォームがよく似合うよね」と褒めていました。暫くして日本代表の公式マスコットキャラクターのカラッペとカララがサプライズで訪問。子どもはマスコットの大きさに圧倒されて怖がってしまう傾向にあるのですが、三本足カラス兄弟のユーモアもあってか大喜びで迎え入れており、マスコットたちも積極的にコミュニケーションを取って子供達の緊張をほぐしていました。
発達障がい、特に感覚過敏の症状を持つ子どもは、日常においても店内の明るい光や色んな食材の匂いが混じった環境を苦手としており、「買い物に行けたとしても、苦痛に感じてしまい我慢をしている」という困りごとを抱えています。このようなことから、欧州を中心に特定の曜日・時間帯で店内の音や光を抑え気味にすることで、感覚過敏のある方でも安心して買い物に行ける取り組みの『クワイエット・アワー』を実現しており、この試合ではそのような事例を反映させた『ショッピング・アワー』を導入していました。実際に1組のご家族も試合が始まる前に、お仕事の都合で来場出来なかったお父さんへのお土産を購入しようと外の売店に向かいたいということで、筆者も同行しました。
新型コロナウイルスの感染対策もあり、大勢のお客さんの入場列を整備するためにメガホンが使用されていたり、周りのお客さんが大声で騒いでいたりと、まだまだ『ショッピング・アワー』の環境づくりにあたって課題は多くありますが、来店した家族は音楽が流れていない静かな売店で買い物を楽しんでいました。売店の隣に設置されていたガチャガチャで当たったキーホルダーをお父さんへのお土産にすると決めた、お子さんは「これをお父さんにあげるの」と笑顔で話してくれました。また、スタジアム内外の展示ブースや売店では「筆談できます」との張り紙がされており、耳や言葉の不自由な方にも安心して利用してもらえるように筆談ボードを用意するといった工夫が垣間見えました。
そして、今回はセンサリールームに併設するかたちでスヌーズレンが新たに設置されました。「スヌーズレン」という言葉は、オランダ語の「スヌッフレン(環境内の様々な刺激の探索)」と「ドゥーズレン(くつろぎ)」という言葉から創られた造語です。今回は障がい者向けの訓練用品や玩具を専門に扱っているコス・インターナショナルが機材を提供して下さり、実際に社長さん自身でセッティングして下さったそうです。川崎フロンターレの試合で実施された時と比べて部屋が大きく、大人までが癒されるような幻想的でくつろげる雰囲気でした。実際にお子さんは振動する枕やバブルチューブに興味を示し、ハーフタイムや試合が終わった後もスヌーズレンで遊んでいたほど居心地良い空間だったようです。
また、子供なりの柔軟な発想で、映像が映し出されたところに別の器具をかざして影絵のように器具を自由に使って遊んでいたのが印象的でした。知的障がいの子を中心に、彼らは言葉ではなく感覚で受け止める傾向にあるので、このようなものが彼らを落ち着かせる場所になっているそうです。この試合でスヌーズレンを導入したきっかけについて運営関係者は、「天皇杯ではリラックスボックスというものを部屋に1つずつ設置しましたが、今後状況が改善してもっと多くのご家族を迎えてあげたい!ということになると、リラックスボックスでは限界があります。スヌーズレンならスペースを利用するものなので、利用する人数が多くなったとしても問題はありません。何より、JFAが掲げている"誰一人取り残さない"の実現に向けては大事な導入だったと思います」と話していました。
今回の取り組みについて、参加者や関係者の声を拾ってみました。
【10歳と12歳の男の子のお母さん】
「今まではテレビ観戦が中心だったのですが、実際にスタジアムで観戦したのは3年ぶりでした。以前観戦に行った時に、子どもが周りの声援や楽器が気になって神経質になってしまい、いらいらしてしまうことがもありました。このようなセンサリールームがあることで、子供と試合についての会話をしながら楽しく見られたので、とても良かったです。このようなスペースは今後も絶対にあって欲しいです」
【10歳と12歳の女の子のお母さん】「センサリールームにはぬいぐるみやクッションがあり、スヌーズレンには筋肉の緊張をほぐす効果がある器具やおもちゃが沢山置いてあって、子どもたちにとっては居心地のいい空間だったようです。上の子は以前はあまりスポーツに興味がなく、休み時間も1人で静かに本を読むのが好きな子だったのですが、川崎フロンターレのイベントに2回参加してから観戦が好きになったようです。中学生になって、部活の体験入部には陸上部を見に行こうかなと言っていたのは、大きな変化だと思います。サッカー教室でフロンターレの選手やコーチに小さなことでも沢山褒めてもらったお陰で少しずつ自信がついてきたようです。感覚過敏というのは、"見た目では分からないけれど実はとても困っている"というものなので、このような企画を通じて色んな人に知ってもらってより良い世の中になったら良いなと思います」
【公益財団法人日本サッカー協会須原清貴専務理事】「これ今までは障がい者向けのサッカーの環境の整備に注力してきましたが、見る人側でのアプローチはあまり出来ておらず、これから改善していくという段階ではあります。サッカーに興味を持ってもらえる人の幅を広げていく為には必要不可欠な取り組みであり、我々としてもやる義務があります。実際に今日センサリールームを覗いてみたのですが、ご家族がとても楽しそうにされていて安心しました。今後センサリールームを常設するにはスタジアム側との相談が必要ですが、コストを掛けてもそれを上回るリターンがあることを認識してもらうことから始めていきたいと思います。誰ひとり取り残さない取り組みは、まずはサッカー界にしっかりと広げていき、都道府県大会やそこから他のスポーツやイベントへと繋がっていけるように活動を継続し、取り組みを広げていくために関係各所に対してサポートをしていきたいと考えています。」
今回の取材を通じて、東京オリンピック・パラリンピックが近付いている中で「どうしたらより多くの人が平等にサッカーを楽しんでもらえるめる環境をつくれるのか」と試行錯誤して取り組んでいるJFAの熱い挑戦を伺うことができました。実際に、この日はに他のプロスポーツ団体の方が視察に来ていたとのことで、サッカー界を超えてこのような取り組みが少しずつ広がりを見せているのはとても嬉しいことだと思います。同時に、一連の取り組みは、単に今年の東京オリンピック・パラリンピックで目指すべきゴールとして終わらせるのではなく、それぞれが持っているノウハウをより深く理解し、効果的に活用するために長期的な計画性を立てた上で幅広く推進していくことが、「よりサステナブル(継続的)な事業展開」に繋がっていくと感じています。
<了>
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