2021年7月の開会を目指す東京五輪のメイン会場である新国立競技場は、2019年12月の開場後、第99回天皇杯決勝(2020年元旦)と全国大学ラグビー選手権決勝(2020年1月11日)以降は新型コロナウイルスの感染拡大による五輪延期の影響を受け、2020年11月3日のアラフェス2020を除くと、施設見学を含む一般利用が制限されてきたこともあり、まだまだ日本に暮らす多くの人々にとって馴染みの薄いスタジアムです。
総工費を巡るデザインや設計案の取り止めや変更、木材を多用した『杜のスタジアム』のコンセプトなど、竣工前から話題性には事欠かない新国立競技場ですが、新国立には500席の車いす席、複数タイプの多機能トイレ、インクルーシブルートなど、アクセシビリティの世界基準を満たした施設が整備されていることはあまり知られていません。
2021年1月、新国立でJリーグYBCルヴァン杯と天皇杯という国内サッカー3大タイトルの内のふたつの大会の決勝が開催されましたが、そこには普段は日本のスタジアムで見かけることが少ないかもしれない「新しい仲間たち」の姿がありました。
(取材と文・武冨遼子 構成と編集・筑紫直樹)
2021年1月1日(金・祝)、新国立競技場で天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会の決勝戦、川崎フロンターレとガンバ大阪の熱い一戦が開催されました。この「第100回」という数字に、歴史的な重みを感じる人も多いでしょう。また、この大会を主催している公益社団法人日本サッカー協会(JFA)も2021年で創立100周年を迎えることになり、「100」という数字が特別感を演出するような大会となりました。今回は、JFAが新たな100年に向けて「過去への感謝、未来への決意」をコンセプトに掲げた上での挑戦について取材しました。
JFAは、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念を掲げて、女性活躍の推進活動や復興支援活動を含め、多様な社会貢献活動に積極的に取り組んでいます。今年からは「よりサステナブル(持続可能)な事業展開」に挑戦すべく、国連サミットで採択された「持続可能な発展のための2030アジェンダ」で表明されている「持続可能な開発目標(SDGs)」を推進する活動も始めました。
そして、天皇杯では、環境に配慮したスタジアムサービスや発達障がいの子どもに向けた観戦企画等の社会課題や環境課題の解決の一助となるような各種施策を実施。運営に関わる職員やスタッフだけでなく来場されるお客さんにも参加してもらうことで、国内におけるSDGsの機運を高めていくことを目指しており、今回は以下のような取り組みが実施されました。
表1 天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会」決勝戦での取り組み
取り組みの例 | 具体的な内容 |
◇エコ製品の推進 | 来場者プレゼントのエコ化(エコバック) |
◇環境に配慮したスタジアムサービス | 飲食売店でのプラスチックの削減やフードロスの回避 |
◇発達障がい児観戦企画 | センサリールームの設置(仮設) |
◇来場者への呼び掛け | JFA SDGs ブース出展・メッセージ映像の発信 |
◇試合運営 | 大会オペレーションのエコ化、エコを意識したホスピタリティの実施 |
◇取り組み評価 | 環境負荷評価と今後に向けて |
<参照>JFA 社会貢献活動:http://www.jfa.jp/social_action_programme/
今回はその中でも「発達障がい児観戦企画」と「来場者への呼び掛け」の取り組みを中心に取り挙げます。
◆発達障がい児観戦企画(センサリールームの設置)
この企画は、発達障がいの症状の中でも光や音の刺激に耐え難い苦痛や不安を感じる感覚過敏の特徴がある子とそのご家族(2家族)を、仮設センサリールームでの試合観戦に招待するという内容のものです。この企画の流れについては、以下に記します。
表2 発達障がい児観戦企画のスケジュール
時間 | 内容 |
13時10分 | 最寄り駅(今回は外苑前駅)にて職員・サポーターと合流 |
13時15分 | 新国立競技場まで歩く(移動支援・アクセシブルルート) |
13時30分 | 新国立競技場に到着 |
13時35分 | 新国立競技場内を見学 |
14時05分 | 仮設のセンサリールームに移動 |
14時40分 | 試合観戦 |
17時00分 | 解散 |
◇13時10分 最寄り駅(今回は外苑前駅)にて職員・サポーターと合流
外苑前駅の出口には、JFA職員が「ようこそ!てんのうはいセンサリールームかんせんごかぞくさま」との看板を掲げて、ご家族をお出迎えしていました。大勢の見知らぬ大人に囲まれた状況に緊張してしまい、ちょっと顔が強張っている子もいました。
◇13時15分 新国立競技場まで歩く(移動支援・アクセシブルルート)
突然の慣れない環境に対する緊張が疲れに変わったらしく、お父さんに抱きかかえられた子が寝落ちしてしまう場面も見られましたが、川崎フロンターレのサポーター数名も同行してくれ、発達障がいの子と触れる機会を設けることで当事者への理解が深まるきっかけになったのではないかと感じました。
◇13時30分 新国立競技場に到着
◇13時35分 新国立競技場内の見学
新国立競技場の「男女共用トイレ」や落ち着きを必要とするときに使う「カームダウン・クールダウンスペース」を見学するツアーを実施。それぞれの部屋の前に平仮名で書かれた看板が飾ってあり、お子さん自身が部屋の区別が出来るような気遣いもされていました。
◇14時05分 仮設センサリールームに移動
この仮設のセンサリールームは色鮮やかなクッションで埋め尽くされており、子どもが適度な狭さを感じることでそわそわせず、寄り掛かってリラックス出来るような工夫が施されていました。家族の方も「このクッションのお陰で優しい空間になっている」とそのクッションをご自宅に持ち帰られたほどに気に入られたようでした。また、試合が始まる前には、川崎フロンターレのマスコットキャラクターである『ふろん太』がサプライズ訪問。今季で引退される川崎フロンターレの中村憲剛選手からのサイン色紙とビデオメッセージ、ガンバ大阪キャプテンの三浦弦太選手からのサイン入りユニフォームが手渡されて、ご家族で嬉しそうにされていました。
◇14時40分 試合観戦
観戦していた子は、この試合で決勝点をもぎ取った川崎フロンターレの三苫薫選手の姿に惹かれて「かおるくん」と名前を連呼する程に試合に釘付けになっている時もあれば、途中で試合に飽きてしまってうろうろする時もありましたが、運営スタッフの方が同じ空間で相手をしてあげたことで、親御さんが試合観戦を純粋に楽しめる環境になっていました。普段はお子さんの面倒を見るので精一杯で「表彰式まで見ることが出来るなんて凄いよね」と夫婦で話す場面もあったそうです。
◇17時00分 解散
◆来場者への呼び掛け(JFA SDGs ブース出展・メッセージ映像の発信)
一方、新国立競技場の広場では、これまでのJFAの社会的な取り組みや新国立競技場が持つ環境負荷低減機能等の紹介が展示されていました。また、天皇杯決勝でのSDGsの取り組みを来場者に周知するメッセージ映像も放映されていたほか、現在、JFAのSDGs推進チームのメンバーである播戸竜二氏(元日本代表)がブースに訪問される場面もありました。
この日の取り組みについて、参加者や関係者に話を聞きました。
「数多くのJFA職員や運営スタッフのおかげで、私自身も心から楽しむことが出来ました。同じような境遇にいる方にもこの存在を知ってもらいたいと思うほどで、また必ず来たいです。そして、この企画が特別なものではなく当たり前のものになってくれたら嬉しいです。センサリールームは、照明の明るさの調整が出来ればなお良いとは感じましたが、特に気にせずに過ごすことが出来ました」
「日本では持続可能な開発目標(SDGs)の認識が低いので、JFAのようなスポーツ団体が発信していくことは社会的にも意義があると思います。僕自身もまだまだ勉強している段階ではありますが、より多くの人が興味を持ってもらえるように嚙み砕いて発信することを心掛けています」
「今回の企画のきっかけとなったのは、JFAが創立100周年という相応しい節目を迎えることになって、もっと多くの人に取り組みを知って頂くことが大事ではないかとなった事です。今回が初めて試合に絡めて実施することになりましたが、実際に多くの方に見てもらえる場所での発信が活動内容を知ってもらうことに繋がっていくと思います。まだまだ模索しながらではありますが、コミットしていく必要性を感じています」
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