編集者コラム第16回 ~ ふたつのファイナルの片隅で 新国立が「私たちのスタジアム」になるために(後編・ルヴァン杯) ~
編集者コラム第16回 ~ ふたつのファイナルの片隅で 新国立が「私たちのスタジアム」になるために(後編・ルヴァン杯) ~

編集者コラム第16回 ~ ふたつのファイナルの片隅で 新国立が「私たちのスタジアム」になるために(後編・ルヴァン杯) ~

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2021年1月、新国立でJリーグYBCルヴァン杯と天皇杯という国内サッカー3大タイトルの内のふたつの大会の決勝が開催されましたが、そこには普段はスタジアムのイベントでは見かけることが少ないかもしれない「新しい仲間たち」の姿がありました。

後編では、JリーグYBCルヴァン杯で実施された取り組みをご紹介します。

前編はこちらから


(取材と文・武冨遼子 構成と編集・筑紫直樹)

(© J.LEAGUE)

元旦の天皇杯に続き、2021年1月4日(月)には新国立競技場で『2020JリーグYBCルヴァンカップ』(以下、ルヴァン杯)の決勝戦、FC東京vs柏レイソルの試合が開催されました。この試合は、本来は2020年11月7日(土)に開催されるはずのものでしたが、柏レイソルで新型コロナウイルスの集団感染が発生したことで延期されていました。この日も新型コロナウイルスの感染拡大を受けて緊急事態宣言の再発令が検討されていましたが、主催者の公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)は『新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン』に基づいた感染症対策への協力を呼び掛けながらの実施に踏み切りました。

Jリーグには、J リーグ百年構想と呼ばれる地域におけるサッカーを核としたスポーツ文化の確立を目指す構想があります。これは、かつて厳しい低迷期を迎えた時に掲げたものであり、全ての人がスポーツを楽しめる環境を整え、地域に密着した取り組みを積極的に行うことで、スポーツを身近な存在として認知してもらう必要があると唱えています。各クラブは、多くの協働者と連携しながら地域の課題を解決に向けた活動を実施しており、社会連携活動と呼ばれる3者以上の協働者(行政や企業、住民等)と共通価値を創る活動にも積極的に取り組んでいます。

今回のルヴァン杯決勝では、『Jリーグシャレン!共生社会づくりプロジェクト』の一環として、以下のような取り組みが実施されました。

◆障がい者の方の就労体験(精神・知的障がい者による事前準備)

この取り組みでは、知的障がいの方に「働く楽しさ」を感じてもらえるように、会場ボランティアとして設営などの業務に参加してもらう機会が提供されました。この日は知的障がいの方(2名)が、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)、公益社団法人日本サッカー協会(JFA)、FC東京、柏レイソル、NPO法人ピープルデザイン研究所といった組織・団体の多くの職員の方たちと一緒に、記者席の消毒や消毒液の補充といった作業を行いました。

参加者全員が『2020JリーグYBCルヴァンカップ』のロゴ入りのジャンパーを着用し、このように同じものを身に付けることで会場設営に関わっている実感と共に、「皆で綺麗にしよう」という連帯感も生まれたと感じました。また、この日の午前中は表彰式の練習が実施されており、会場設営の裏側を見ることもできました。

記者席の設営準備をする就労体験参加者
記者席の設営準備をする就労体験参加者 (写真:Ryoko Taketomi)
丁寧な消毒作業こそが大会を支えてくれる
丁寧な消毒作業こそが大会を支えてくれる (写真:Ryoko Taketomi)

今回の就労体験では、1階と3階の記者席を中心に消毒作業を実施しました。参加者は、記者席の机や椅子はもちろん、多くの人が触れるであろうろう手すりをアルコールで湿らせた雑巾で拭いていきます。担当スタッフの方が「消毒液のポンプは3回押します」「このように拭いて下さいね」と手厚く教えており、参加者の方も説明の通りに丁寧にこなしている姿が印象的でした。周りの関係者の方は「知的障がい者の方は、このような単純な作業でも丁寧に心を込めてやって下さるので助かります」と話していました。

◆センサリールーム(仮設)での観戦企画(発達障がい児家族招待)

このコラムの前編・天皇杯編で紹介した取り組み同様に、発達障がいの症状の中でも光や音の刺激に耐え難い苦痛や不安を感じる感覚過敏の特徴があるお子さんとそのご家族(2家族)を、仮設センサリールームでの試合観戦に招待するという企画でしたが、今回はFC東京と柏レイソルのチームカラーが反映された部屋が2部屋用意され、より応援しているチームを身近に感じることができる趣向となっていました。この取り組みの流れについては、以下に記します。

時間  内容
13時00分  最寄り駅(今回は千駄ヶ谷駅)にて職員と合流
13時05分  新国立競技場まで歩く(移動支援・アクセシブルルート)
13時20分  新国立競技場に到着
13時25分  新国立競技場内を見学 
13時55分  仮設センサリールームに移動
14時35分  試合観戦 
16時55分  解散 

◇13時00分 最寄り駅(今回は千駄ヶ谷駅)にて職員と合流

千駄ヶ谷駅の改札付近には、Jリーグ職員が「ようこそ!ルヴァンはいセンサリールームかんせんごかぞくさま」との看板を掲げて、ご家族をお出迎えしていました。今回は新国立競技場までの移動支援をするにあたり、視覚障がい(弱視)の方と車椅子を利用されている方も加わって実施されました。

(© J.LEAGUE)

◇13時05分 新国立競技場まで歩く(移動支援・アクセシブルルート)

新国立競技場付近はかなり大勢の人で混んでおり、お子さんとってかなり歩きづらい状況でした。このようにお子さんを不安な気持ちにさせない為にも、大人で両側を挟んで壁を作ってあげるようにしていました。道の途中には移動交番のブースが設置されており、警察官の方からプレゼントを受け取って喜んでいる場面もありました。

(動画:TBS NEWSで放送)
(© J.LEAGUE)

◇13時20分 新国立競技場に到着

お母さんがお子さんにマスクを着用させようとするも半泣きで拒否されてしまう場面もありましたが、新国立競技場を目の前にしてお子さんも笑顔になってくれました。お父さんは「このように些細なことでも直ぐに気が変わるので、それを理解して接してくれる人がいるのは心強いですね」と話していました。

◇13時25分 新国立競技場内を見学

(写真:Ryoko Taketomi)

◇13時55分 仮設のセンサリールームに移動

今回のセンサリールームは、それぞれのクラブが提供してくれた横断幕やクラブのマスコットのぬいぐるみで飾られて、華やかな空間になっていました。この部屋を見たご家族もとても喜んでおり、関係者の方の細やかな気遣いを感じました。また、明治大学建築学部が開発したリラックスボックス(この中に頭を入れると遮音されて落ち着ける空間になっている)も設置されていました。

FC東京サポーターのセンサリールーム
FC東京サポーターのセンサリールーム (写真:Ryoko Taketomi)
明治大学建築学部が開発したリラックスボックス
明治大学建築学部が開発したリラックスボックス (写真:Ryoko Taketomi)
柏レイソルサポーターのセンサリールーム
柏レイソルサポーターのセンサリールーム (写真:Ryoko Taketomi)

◇14時35分 試合観戦

試合の序盤には、FC東京のクラブコミューターの石川直宏氏がセンサリールームを訪問して、試合を生解説して下さるというサプライズがありました。普段はお子さんの面倒を見ていてあまり試合を楽しむ余裕がなかった親御さんは「夢のような時間だった。」と話されていたそうです。

◇16時55分 解散

今回も参加者や関係者のお話を聞くことができましたので、以下、紹介いたします。

子どもと一緒にセンサリールームを利用したお母さん
「正直、すぐに試合を観るのに飽きてしまうと思っていたので、子どもがこんなにもリラックスして楽しそうにしていたことに驚きました。今までは周りのお客さんが気になってしまっていたようですが、このような落ち着いた空間だとのんびりと過ごせるのだという発見がありました。子どもが色んな世界に興味を持って可能性を広げてほしいので、これからこの取り組みがもっと広がって当たり前の世界になってほしいものです」

子どもと一緒にセンサリールームを利用したお父さん
「こんなにも落ち着いて試合を見られるのは何年振りですかね。前回は大きな音や人混みを嫌がってしまって後半の10分しか観ることができなかったので、子どもがこんな風に帰りたくないと言っている姿に驚きました」

公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) 社会連携室 鈴木順室長
「就労体験に関しては、NPO法人ピープルデザイン研究所の田中真宏さんと新国立競技場内を回りながら、このような新型コロナウイルスに悩まされている状況でもなにが出来るのだろうと考えて消毒活動に至りました。また、新国立競技場には常設のセンサリールームは設置されていませんが、仮設でも十分な機能を果たせることを証明することができました。これをきっかけとして取り組みを広げていく事を目指したいと思います」

今回は、公益社団法人日本サッカー協会(JFA)とJリーグ、そしてスポーツやエンタメの力を活用し、社会貢献に取り組む一般社団法人「n=1(エヌワン)」、NPO法人ピープルデザイン研究所、各サッカークラブの「誰1人取り残さない」ことを目指した試みについて取材しました。その中で、多くの来場者が「このような取り組みを初めて知った」と言っており、まだまだ世間の認知度が低いことを実感しました。

それでも、天皇杯で播戸竜二氏が「初めは試合を見に来てこのようなことをしているのかと知ってもらうだけでも良いと思います」と話していたように、まずは身近に感じてもらうことが大事だと思いました。また、発達障がいや知的障がいを含めた「目に見えない障がい」についても、そのような症状を抱えている人がいるという理解が増えていくことで、彼らにとって居心地の良い環境になっていくのではないでしょうか。

このような全方位的な活動がどのように社会を変化させていくのか、今後も注目していきたいところです。

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<<編集後記>>

五輪開催のような国家の威信を懸けた巨大プロジェクトでは、私たちが納める税金が巨額の会場整備費のみならず、大会閉幕後の維持管理費にも投入されています。新国立の年間維持費は約24億円と報じられており、感染防止策に必要な設備や施設の整備が追加で必要な場合は維持管理費はさらに高くなることが見込まれています。五輪延期とコロナ禍の影響を受け、2021年秋以降に先送りされた実質的な民営化計画も先行きは不透明と言わざるをえません。

それ故に新国立が毎年赤い血を垂れ流す(赤字を出す)『ホワイト・エレファント(白い巨象=稼働率が低く金喰い虫になっている遊休インフラを指す俗称)』ではなく、それこそ障がいの有無にかかわらず、日本に暮らす誰もが快適に利用できる「私たちのスタジアム」として愛され続けるよう、常に持続可能なかたちで稼働・運営されることが望まれます。

その意味では、今回JFAとJリーグが新国立をアクセシビリティ活動の舞台に選んだ意義は非常に大きく、今後も同競技場がさらにインクルーシブな場所に発展していくことを切に願います。

 
  (写真:Ryoko Taketomi)

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