編集者コラム第15回~横断幕に込められた共生のメッセージ  等々力のセンサリーイベントが教えてくれたこと~
編集者コラム第15回~横断幕に込められた共生のメッセージ  等々力のセンサリーイベントが教えてくれたこと~

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2020年11月21日(土)、川崎フロンターレはJリーグ史上最速の優勝を懸けて大分トリニータと対戦しました。舞台は昭和電工ドーム大分。そのアウェーゴール裏に掲げられた「FORZA KAWASAKI」の大横断幕には、平仮名でメッセージが書かれた小さな横断幕が掛かっていました。

かわさきからいっしょにおうえんしてね!!」

実はこの日、試合会場から約780㎞離れたフロンターレの本拠地の等々力陸上競技場では、『えがお共創プロジェクト発達障がい児のための「親子サッカー教室&パブリックビューイング」』というフロンターレ主催のアウェー戦観戦イベントが開催されており、このメッセージは等々力に集まった29人の子供たちとそのご家族(総勢86人)に向けられたものでした。

遠く離れていても、気持ちは繋がっている。一緒に応援しよう。そんな気持ちが込められていたのです。
(取材と文・武冨遼子 構成と編集・筑紫直樹)

(写真:Ryoko Taketomi)
(写真:Ryoko Taketomi)

現在、発達障がいのある人が日本国内だけでも48万人いると言われていますが、発達障がいの症状は見た目だけでは判断が難しいことに加え、社会からの認知度もあまり高くないことから、障がいに苦しむ人の行動が単なる「わがまま」だと誤解されてしまう場合も多いとされています。また、発達障がいのある人の中には、光や音といった刺激に対して耐え難い苦痛や不安を感じる感覚過敏の方も多く、こういった人たちにとっては試合会場の人混みや喧騒は大きな壁となり、スポーツ観戦を諦めざるを得ない人たちもいます。

『えがお共創プロジェクト』は、国が策定した『ユニバーサルデザイン2020行動計画』が掲げている「心のバリアフリー」を促進させ、皆が安心してスポーツを楽しめる社会を実現させることを目的としています。その一環として、川崎フロンターレと川崎市がJTB、ANA、富士通、そしてサポーターたちと力を合わせ、2019年7月27日に等々力で開催された大分戦で日本初となるスタジアムでのセンサリールームを開設し、2020Jリーグシャレン!アウォーズではJリーグチェアマン特別賞を受賞するなど、国内外で大きな話題を呼びました。

あの歴史的な取り組みから1年4ヶ月が経ち、世界を巡る状況が大きく変わった2020年、フロンターレは発達障がいのある子供たちと共にサッカーを楽しみ、センサリールームでアウェー戦を観戦する企画を実施しました。対戦相手はやっぱり大分トリニータ。そして、フロンターレにとっては勝てばJリーグ史上最速での優勝が決まるという大一番です。

川崎フロンターレ事業推進部集客プロモーショングループの三浦拓真氏は、新型コロナウイルスの感染状況が収束していない中での開催についてはクラブ側でも随分悩んだとしたうえで、次のように話してくれました。

「2020年はこのような状況にあるので開催するかどうか悩みました。しかし、やることに意味があると思い、出来ると出来ないの選択だけで片付けずに、どう出来るようにするのかを考えました。参加者の人数制限設定に加え、こまめに換気をすることや家庭毎に距離を空けることなど、感染対策を徹底することを決めて実施することを決めました」

そして、開催に踏み切ったクラブは以下のような参加条件を設けました。

    ①感覚過敏などにより外出やスタジアムなどでサッカー観戦が困難な発達障がいのある川崎市在住の小学生のお子様とご家族(1 家族4 名まで)
    ②特性によりマスクを着用することが困難な方もいるため、マスクを着用していない参加 者がいることをご理解いただける方
    ③川崎フロンターレ、川崎市及び協力事業者などの広報活動およびメディアなどの取材にご協力いただける方(配慮が必要な方は応相談)

今回は新型コロナの第3波が広がりつつある中での開催ということもあり、可能なかぎり都市間の移動を回避すべきことを考慮した結果、参加者はクラブのホームタウンである川崎市在住の子供たちとその家族に限って募集されました。また、感覚過敏の症状には、マスクやフェイスシールドを着用する際の肌触りや蒸れに苦しさを感じてしまうことも含まれるため、特に②の条件が重要となってきます。コロナ対策として行動変容が求められている現況でも、マスクを着用できない人がいることを理解し、配慮できるようにすることが重要になってきます。

2020年11月21日(土)のイベントは以下のような流れで実施されました。

 ①   9:45  参加者集合(受付にて検温・消毒対応・イヤーマフお渡し)
 ②   10:00-11:00  親子サッカー教室
 ③   11:15-12:15   スタジアムツアー
 ④   12:30-  昼食
 ⑤   13:30-13:45  選手とオンライン交流
 ⑥   13:45-13:50  大分とオンライン中継(サポーター横断幕掲出)
 ⑦   13:50-16:00  パブリックビューイング(マスコットとの交流)

 

①参加者集合

    受付では、感染対策として検温と消毒対応をきちんと済ませた上で、感覚過敏の子供に向けてはイヤーマフのお渡しも実施されました。全力でスタジアムを駆け回ってはしゃいでいるお子さんも居れば、緊張しているのか顔が強張っているお子さんも見られました。

②親子サッカー教室

    フロンターレのコーチ陣が中心となって、サッカー教室が行われました。まずは、初心者のお子さんもいることを考慮し、サッカーボールに触れ合う(投げる・蹴る)ことからスタート。恐る恐るボールに触れるお子さんもいましたが、コーチが優しく教えていたおかげで少しずつ慣れてきた場面も見られました。親も参加することによる子供たちの安心感はもちろん、制限時間内に親子間のパスの回数を数えるゲーム的な要素も盛り込まれており、「サッカーを楽しいと思ってもらえるような環境づくり」の工夫が凝らされていました。
(写真:Ryoko Taketomi)
(写真:Ryoko Taketomi)

また、それぞれの上手い下手を気にすること無く、自分の中で「目標を達成することが出来た」という感覚を体感させてあげることで、自己肯定感に繋がっているのではないかと感じることが出来ました。実際に、筆者に「サッカー楽しかったよ!」と感想を伝えに来てくれる子もいました。

(写真:Ryoko Taketomi)
(写真:Ryoko Taketomi)

③スタジアムツアー

    等々力陸上競技場の見学ツアーでは、普段は入ることの出来ない記者会見室や室内練習場も見学できました。フロンターレのマスコットキャラクターのふろん太くんが記者会見室で出迎てくれ、楽しそうに記念撮影していた子供たちの笑顔が印象的でした。また、中村憲剛選手の歴代のユニフォームがロッカールームに飾られており、川崎フロンターレの溢れんばかりのサービス精神も感じることが出来た時間でした。

④昼食

    親子で開放感のあるスタジアムの席に座りながら昼食を楽しんでいました。まさにスタジアムという特別な空間の醍醐味といえるでしょう。

⑤選手とオンライン交流

    麻生グラウンドのクラブハウスから安藤駿介選手(GK)とイサカ・ゼイン選手(DF)が子供たちとオンライン交流する機会を作ってくれました。これは直前まで秘密にされていたサプライズであり、多くの参加者が目を輝かせた場面でした。選手は興奮している子供たちから投げ掛けられた質問に笑顔で答えたり、それぞれの選手のリフティングやゴールキャッチを見せてくれました。最後には、選手達から「これから試合を応援して盛り上がろう!」とメッセージを届けてくれました。
安藤駿介選手(左)とイサカ・ゼイン選手とオンライン交流(写真:Ryoko Taketomi)
安藤駿介選手(左)とイサカ・ゼイン選手とオンライン交流(写真:Ryoko Taketomi)

⑥大分とオンライン中継

    大分トリニータvs川崎フロンターレの試合が開催される昭和電工ドーム大分からも中継が繋がり、フロンターレのサポーター達が熱気が籠った現地の様子を見せてくれました。スタンドに飾られていた「かわさきからいっしょにおうえんしてね!!」と書かれた横断幕にも歓声が上がりました。
© 川崎フロンターレ
© 川崎フロンターレ

⑦パブリックビューイング

    今回は大分での試合だったので、大型スクリーンにDAZNの試合映像が投影された形式で観戦することになりました。やはり試合時間が長いこともあって、子供たちは自由気ままに動き回っていました。フロンターレを応援しながら見ている子もいれば、後ろの方で塗り絵に励んでいる子や遊び場で寝転んでくつろいでいる子も見かけましたが、どんな行動も咎められずに思いのまま過ごせたことで、子供たちにとってはとても居心地の良い空間になっていたのではないかと感じました。試合の結果としては、残念ながら負けしまって優勝は持ち越されることになりましたが、多くの子供たちが富士通開発のソフトウェア「きもち日記」で楽しい思い出を綴っていました。
センサリー環境でアウェー戦PVを実施(写真:Ryoko Taketomi)
センサリー環境でアウェー戦PVを実施(写真:Ryoko Taketomi)
カームダウン・クールダウンエリアでリラックス(写真:Ryoko Taketomi)
カームダウン・クールダウンエリアでリラックス(写真:Ryoko Taketomi)

この企画において、川崎フロンターレはもちろん多くの企業や団体の連携があってこそ開催することが出来たとされており、三浦氏自身も「これは川崎フロンターレだけでは出来なかったと思います。それぞれの協働者(川崎市・JTB・ANA・富士通)が同じ目線に立ち、誰でもスポーツを楽しんでもらえることを考えて取り組んでいます。この意識が川崎市全体で共有されていることと選手とサポーターと行政の協力もかなり大きいと思います」と振り返っていました。この連携体制については、それぞれの団体がどのような役割を担っていたか以下の表に記します。

発達障がい児のための「親子サッカー教室&パブリックビューイング」における各団体の役割

株式会社川崎フロンターレ  スポーツが苦手な子供でも楽しめるサッカー教室の開催
川崎市役所  観戦ツアーの企画、音や光がコントロールされたセンサリールームを川崎市営等々力競技場に設置
株式会社JTB  運営スタッフに向けた心のバリアフリー研修を実施
全日本空輸株式会社(ANA)  運営のサポート(前年は発達障がいに関する教育を受けたスタッフが飛行機やツアー中の移動サポート)
富士通株式会社  特性とそれに対する配慮の仕方を学習出来るVR映像の制作日記が簡単に書けるアプリ「きもち日記」を提供
川崎フロンターレ&大分トリニータサポーター  サッカー観戦に来てくれた勇気を称える横断幕で歓迎

また、2019年の取り組みと比べ、「川崎フロンターレが主催した」という点が大きな違いとして挙げられます。「フロンターレが主催することになり、企画の趣旨としてもやりやすくなりました。各団体の役割についてはほとんど変わることなく、連携体制を築きながら進められた」との声を聞きました。

今回の取り組みについて、参加者や関係者の方の声を拾ってみました。

小学4年生の男の子と小学2年生の男の子と参加したお母さん
「午前中の親子サッカー教室については、川崎フロンターレのコーチの方がとても優しく教えて下さったので、親子でとても楽しむことが出来ました。(午後のアウェー戦観戦は)生で試合を観るのとはまた違う感覚だなと思いました。若干、子供がふらふらしてしまう場面はありましたが、それを受け入れてくれる空間であったのがありがたかったです」

ピッチに笑顔が満ち溢れる(写真:Ryoko Taketomi)
ピッチに笑顔が満ち溢れる(写真:Ryoko Taketomi)

川崎フロンターレ事業推進部集客プロモーショングループ三浦拓真氏
「(2019年以上の参加者を募集したことについて)2019年に開催して「とても楽しかった」「またやって欲しい」との反響が大きかったことに加えて、様々な団体から問い合わせも相次いだので手応えは感じました。実際にこの企画に参加してくれた子が学校に行けるようになったり、普通の席でも試合を楽しめるようになったりと嬉しいお話も聞いています。ただ、Jリーグの試合での感染対策として観客のマスク着用を義務化していることから、今回子供たちが直接観戦することが難しかったことは課題として残っています。来年以降にこの企画をやる際にはコロナが収まっていて生で試合を見れる状況になっていれば良いですね。今後もこの企画は継続的に続けていく予定で、アウェー戦企画についても検討しています」

一瞬一瞬がスタジアムの最高の思い出(写真:Ryoko Taketomi)
一瞬一瞬がスタジアムの最高の思い出(写真:Ryoko Taketomi)

今回、このイベントを取材した中で、川崎フロンターレの三浦氏が「この企画に参加したことで、やっていいことが多いと気付かせるきっかけになれば良いですね」と話していたことが印象に残りました。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの人が窮屈な思いをし、中には生きる希望を失ってしまう人もいました。特に、発達障がいのある子供たちにとっては、今まで以上に行動に制限が掛けられ、「やってはいけないこと」「出来ないこと」ばかりを植え付けられてしまう状況にあったと思います。

ただ、そのような状況下でも、今回の機会を通じて子供たちに心置きなく楽しんでもらえたことは、希望を持ってもらえるきっかけになったのではないかと感じました。また、川崎フロンターレにかぎらず、発達障がいについて多くの人に知ってもらう機会をJリーグ全体で増やしていくことが、本当の意味で「周囲の理解」に繋がっていくのではないでしょうか。

(写真:Ryoko Taketomi)
(写真:Ryoko Taketomi)

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