2018年に公開されたチェコの映画『STADION』をご存じだろうか?
舞台は、長年地元サポーターに親しまれてきた「ザ・ルジャンカミ・スタジアム」。ホームクラブが別のスタジアムに引っ越したあとはスタンドに木が生えるほど荒れ放題になったが、サポーターは「レジェンド選手の引退試合でかつての賑わいを再現したい」と修復工事を始める――というドキュメンタリーだ。
THE STADIUM HUBは、2020年のヨコハマ・フットボール映画祭での上映に向け来日した関係者にインタビューを実施、第1回は映像だけではわからない名画の裏側を聞き出した。
(聞き手・有川久志 筑紫直樹 編集・夏目幸明)
1992年以来、FCズブロヨフカ・ブルノの熱烈なサポーターとしてスタジアムに足を運ぶ傍ら、アマチュア選手としてブルノ市内の複数のクラブでプレー。2009年からはプラハのオランダ大使館の経済部で、国際貿易と広報文化外交を担当した。また、スポーツ・ジャーナリストとしても活躍していたが、ルジャンキ・スタジアムにおけるペトル・シュヴァンカラ選手の引退記念試合開催後の選挙で当選し、ブルノ市議会議員に。現在はブルノ市議会の外国人融和政策諮問員会委員長および少数民族担当委員会委員長を兼任。
映画『STADION』監督。ブルノのマサリク大学で哲学とメディア研究を専攻後、プラハ芸術アカデミーの映像学部(FAMU)でドキュメンタリー映画の技法を、そしてブルノ工科大学部の芸術学部(FaVU)でインターメディアを学ぶ。政治や社会、文化を鋭く批評する独立性の高いドキュメンタリーを得意としている。
映画『STADION』プロデューサー。学生時代はPCアプリケーション技術やITを専攻とし、世界を旅することを愛していたが、2011年頃より暗号通貨の持つ可能性に魅せられる。2019年に映画『STADION』の製作にプロデューサーとして参加。幼少時より卓球にハマっており、その愛はもはや信仰のレベルにあるという。
あの場所は「魂」が宿るところ
―まずお聞きしたいのは、FCズブロヨフカ・ブルノ(以下、FCズブロヨフカ)がなぜ、ドキュメンタリーの舞台になったザ・ルジャンカミ・スタジアム(以下、ルジャンキ)から現在の本拠地、スタディオン・スルブスカ(以下、スルブスカ)に引っ越したのかです。
※FCズブロヨフカ・ブルノ(FC Zbrojovka Brno)
※スタディオン・ルジャンキ(Stadion Lužánky)
※スタディオン・スルブスカ(Stadion Srbská)
マレク:ルジャンキは老朽化が進み、公式戦を開催できる状態ではなくなっていました。ルジャンキの完成は1953年、クラブは同じブルノ市内のスルブスカへ移転したのは2001年のことでした。
移転当初、ほとんどのサポーターが「移転はルジャンキの施設が改善されるまでの2年間ほどの措置で、改修後はルジャンキに戻るもの」と考えていました。ところが、経済的および政治的な理由が絡み、想定されていた改修が実施されず、その後もクラブは移転先を使い続けることになったんです。
―移転先のスルブスカはクラブの新ホームスタジアムとして建設されたわけではなく、以前からあったんですよね。
マレク:はい、スルブスカは1949年に完成し、「スパルタク・クラロヴェー・ポレ」というクラブが本拠地として使っていました。しかしこのクラブが資金難で倒産し、スタジアムにはテナントがいない状況だったため、移転先として選ばれました。
―所有者はどこだったのですか?
マレク:ルジャンキもスルブスカもブルノ市です。ただしルジャンキは途中で所有者がコロコロ変わり、所有権にまつわる不正で利益を得た者までいたこともあり、結局ブルノ市が売却額よりも高値で買い戻した、という経緯があります。
―劇中、チェコ語のテロップが入りましたね。1700万ユーロ? くらいだったとか。
マレク:通貨はユーロでなくチェコ・コルナ(Kč)ですね。
※2020年1月時点で1700万Kčは約8000万円
トマーシュ:あのテロップは市の失政への批判です。市はスタジアムの発展を目指して第三者に売却したものの、改修事業は全く進展せず、醜聞だらけになって高値で買い戻す羽目になりました。しかもこのような失政は繰り返されたのです。
―では、そんな状況で、なぜFCズブロヨフカのサポーターたちは時間とお金をかけ、ルジャンキを改修して復活させようとしたのでしょう?
マレク:ルジャンキが多くのサポーターの郷愁を誘う場所で、クラブの魂が宿る場所だからです。私自身サッカーをプレーし、ずっとFCズブロヨフカのサポーターでした。だから、多くのサポーターが私と同じ思いを持っているはずと断言できます。
スタジアムだけで輝く人生を撮った
―監督、今のマレクさんのように、劇中でも、クラブやスタジアムへの思いを熱く語るサポーターがたくさん出てきますね。撮影した映像は膨大な量にのぼったのではないですか?
トマーシュ:はい、まずは3年分撮影しました。実を言うと撮影当初は、ルジャンキが改修されるか同じ場所に新設され、ハッピーエンドを撮れるものと信じて撮っていたんです。ところが3年目に「新スタジアムは建設されず、FCズブロヨフカはこのままスルブスカを使い続けるだろう」と気付き始め、一気に方向転換しました。
当初は「ファンやサポーターがプロジェクトを立ち上げ、スタジアムが復活するまでの物語」を想定していたのですが、それよりファンやサポーターが奮い立っていくさまや、その影響でほかの人々まで熱くなっていくさまを映し出す方がいい、と考えるようになったんです。
だから、映画が2本できるくらいの素材がありました。編集の時、話を聞いた方たち約50人の映像をカットしなければならなかったほどです。
―劇中で興味深いのは、登場人物の一生懸命さと、裏腹のダメさ加減が愛情深く描かれていることです。例えば「コレオグラフィー製作資金をつくるためにルジャンキのコンクリートのかけら売ろうか」というセリフがありましたが、あれは実際に売ったのですか?
※スタジアムのサポーターが紙などを持って作る人文字のこと。ビッグフラッグと組み合わせ、スタジアムだけで見られる芸術と言われることも。
マレク:実は、シェバ(主要登場人物)のお母さんがコンクリート片をFCズブロヨフカのチームカラーに塗って、本当に記念品を作ったんですよ。ただ、100個だけだったので......プロジェクトの主要メンバーが気に入って全部持って行ってしまったんです!(一同爆笑)。
結局、コレオ資金は、募金受付口座への寄付やマフラーやTシャツなどの販売といった別のかたちで調達しました。
トマーシュ:完成した映画のなかに、マレクがコンクリート片の記念品を手渡しているシーンもあったんです。しかし映画を観たFCズブロヨフカのサポーターから「売っているのを見たことがない」「どうなってるんだ」と指摘されるとマズいので、そのシーンはわざわざカットしました(笑)。
―笑。スタジアムの修復作業は全員がボランティアだったのですか?
マレク:いえ、シェバのお父さんは建設会社を持っていて「ルジャンキの修復工事がペトル・シュヴァンカラ選手の引退試合に間に合わない」となった時にロマやウクライナ人の作業員たちに賃金を払って手配してくれたんです。
劇中で蛍光イエローの安全ベストを着ているのが彼らで、全員プロの建設作業員です。ほかにも、プロジェクトの最初の方で手伝ってくれた作業員の方たちもプロです。ユースチームのコーチのオレナさんと、彼女の夫が一緒にウクライナ人作業員の賃金を負担してくれました。
―劇中には、プロジェクト参加までギャンブルやアルコールなどの多くの問題を抱えていたものの、プロジェクトによって人生を取り戻した、という人も登場しますが。
マレク:修復作業の進行中はすべてうまくいっていて、彼は一番積極的に手伝っていたひとりだんだんですが、残念ながら作業が終わった後にちょっと問題がありました。彼の場合はいつも問題と隣り合わせなんです。
トマーシュ:ただ、プロジェクトのおかげで彼はギャンブルはやめたんですよ。
―なるほど、修復作業が進行している間は、皆が共通の目標に向かって一致団結していたけど、プロジェクトが終わると非日常的な祭りも終わり、またそれぞれが日常に戻っていったということですね。
マレク:そうです。映画の中でも、異なるグループの人々が同じゴールを目指して協力し合う姿が映っていたと思います。スタジアム外では、いざこざがあったり、政治的に別の動きをしていたり、様々な考え方が衝突することもありました。
でもスタジアムの中で作業している間だけは、より大きな目標に向かって団結していたので、スタジアム内での問題は一切なかったんですよ。
愛すべきダメ男たちの悲喜こもごも
―『STADION』に登場するサポーターたちは、一生懸命で、でもどこかダメだから、つい自分を重ね合わせてしまいますよね。例えばシェバとか。そういえば劇中で、彼が6x6mの大旗を注文したのに実際のサイズが3x5mだったことに激怒しているシーンがありましたが、その後、彼は旗を振れたんですか?
マレク:それが、実はここにも、ちょっとしたストーリーがあったのです。90年代、シェバはルジャンキで一番デカい大旗を振ることで知られた有名サポーターでした。当時のどの写真を見ても、彼が大旗を持っている姿が写っています。
だからシェバはあの記念試合でさらにデカい旗を振ろうと考え、業者に6x6mの大旗を注文したんです。
―なるほど。
マレク:ところが試合前日、シェバが完成品を受け取ってみるとサイズが小さい。シェバは激怒し、「俺は6x6mの大旗が欲しいんだ!」と、市内で仕立て屋を営むベトナム人女性に「明朝までに旗を縫い合わせて6x6mにしてくれ」と無茶な注文をします。その後、仕立て屋の女性はなんとかシェバの注文通りのものを完成させてくれました。
ところがシェバはこの旗をスタジアムの外に置き忘れてしまったんです。彼は試合開始後に気付き、焦って取りに行きました。そして戻ってくると、今度は入口で「スタジアムは満員だから入れない」と入場を断られてしまったんです。彼は「あんなに頑張って修復を手伝った俺が入れないっていうのかぁぁぁ!」とまた必死で怒りました(笑)。
一同:爆笑
マレク:その後、なんとかシェバは大きな旗を持ってスタジアムに入ってきました。ところが、さらに可笑しかったのは――彼が意気揚々と旗を掲げた瞬間、いきなりポールが折れてしまったことです。
ルカシュ:旗が重すぎたんですね。
マレク:あの日、シェバは大旗を振れない運命だったのです......(一同大爆笑)。
―また感心したのは、劇中で幾度もビール飲むシーンがあったこと。チェコでは皆さん、水のようにビールを飲むんですね。
マレク:実は水よりもビールの方が安いんですよ! 本当の話です。
トマーシュ:チェコでは飲酒の問題を解決するため、政府が以前から、レストランではビールより水を安くする法案を成立させようと試みているくらいです。
マレク:ただ、いつもその法案は通らない(笑)。
トマーシュ:醸造会社の力が強すぎて、歴代のどの政権も、法案を通す勇気がないんです(笑)。
それはともかく......映画の中でビールを飲むシーンやマリファナやタバコを吸うシーンが多いことは私自身、わかってもいたことでもありました。私はそれをあえてカットしなかったんですよ。
飲んだくれてマリファナを吸う、それもチェコのサッカーファンの真実の姿。でもこれをごまかさずに描けば"飲んだくれがこんなに素晴らしい舞台をつくったんだ"とも伝わるはずなんです。
彼らは"大人しく遠慮しがちで何もしない人たち"ではなく"やかましいけど行動力がある人たち"だと知ってほしかった。大酒呑みでタバコばっかふかして、決して健康的なライフスタイルではないけど、同時にスタジアムを何とかしたいという道徳心と良心あふれる素晴らしい人たちでもあった。そんなすべてをごまかさずに伝えたかったんですよ――。
映画『STADION』
◆あらすじ◆
長年地元のサポーターに親しまれてきたザ・ルジャンカミ・スタジアム。しかし、ホームクラブが別のスタジアムに引っ越した後はスタンドに木が生えるほどの荒れ放題に。レジェンド選手の引退試合で、かつての賑わいを再現させたいとサポーターが集まって修復工事をスタートさせた。
◆上映予定◆
現在、2020年4月に東京都内で上映を企画中です。詳細が決まり次第、以下のTwitterアカウントにて告知されますので、ぜひフォローしてください。
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