【第2回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(2/2)
【第2回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(2/2)

【第2回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(2/2)

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中国企業による欧州クラブ買収のニュースが続く中、日本のIT企業「DMM.com」が2017年11月にベルギーリーグ1部・シント=トロイデンVV(STVV)を買収した。同社はどのようなビジョンを描いてフットボールビジネスに参入したのか?
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

第1回はこちらから

スタイエンの俯瞰
スタイエンの俯瞰(©︎STVV)

100年の歴史を踏まえたマーケティング戦略を

―STVVの本拠地『スタイエン』は非常に伝統があるスタジアムですね。建設されたのは1927年で、収容人数は1万5000人弱と聞いています。

飯塚:はい。試合時にはホームチームとアウェーチームのサポーター席との間に、観客を収容しない"緩衝地帯"を設けるので収容人数は少し減りますけどね。

―商圏の人口はどれくらいですか?

飯塚:シント=トロイデン市の人口は約4万人で、周辺都市も含め、自動車30分圏内の人口は約20万人です。

―そこでどんなマーケティングを行っているんですか?

飯塚:当然、この20万人にリーチする形で集客のプロモーションを実施していくわけですが、これが非常に難しいんです。

ベルギーは既に100年ものサッカー文化を持っているので、既に「このチームはこういうチーム」とか「この地域の人間はこのチームを応援するもの」といった"色"がついているんですよ。

―なるほど、日本のプロ野球でも「古くからの強豪チームで、資金力もある」とか、そんなイメージがしっかりついていますよね。

飯塚:距離的に近くても「自分はこのチームのファン」で「あのチームに興味はない」といった強い思いがあるんです。だからプロモーションだけで満員にするのは非常に難しく、工夫が必要だと思っています。

―20万人のマーケットのはずが、マーケティング上の対象となる方は非常に少ない、ということですね。しかし日本のプロ野球に、野球に興味がなかった層を巻き込んで連日満員になっているチームもありますが?

飯塚:もちろん、その層を狙うことも大切だと思っています。ただし実際の施策を行う前に、まずは商圏にいる20万人のうちサッカーに興味があるのは何人で......といった調査から分析を進めています。

この地域への理解を深め、そこから具体的な施策に落とし込んでいく準備を行っているところです。

―やはり外国人にとってベルギーの事情はわかりづらい、と?

飯塚:そうですね、例えば買収後、一緒に働いているベルギー人スタッフとも視点が大きく異なります。

我々は日本のスポーツビジネスで何が起きているか、もしくは世界のマーケットで何が起きているかを見据えた上で施策を発想するんですが、ベルギー人スタッフはローカルの現状を踏まえて施策を発想します。

ここをすりあわせ、ローカルの現状を踏まえた上で世界の現状を知って施策を打って行けたらいいな、と思っているんです。

―将来を考えると面白いですね。ベルギー人だけではできず、かつ「外資」である日本企業だけでもできない施策が生まれる可能性があるわけですからね。日本の先進的なマーケティング手法でベルギーのチームを変えることができたら、リターンも大きいのかもしれない、と感じました。

スーパーもある「複合型スタジアム」が描く未来

―私がシント=トロイデンに行った時、スタイエン周辺はかなり栄えた地域なのかな、と感じたのですが?

飯塚:そうですね、幹線道路の入口にあって、鉄道の駅からも徒歩10分圏内にあります。古くから街の中心とされてきた広場の付近からも車で10分かかりません。地理的には「街の中心ではないが市街地にある」くらいの場所だと思っています。

スタイエンの外観
スタイエンの外観(©︎STVV)

―スタイエンはクラブの持ち物ではないんですよね?

飯塚:ええ。だからこそ難しい部分があります。我々が清掃や補修を行う必要もあるのですが、契約書に明示されていないことも多々あって、よく「これは何の費用なんだろう?」と思う請求書が届くんです。あと、スケジュールも細かく調整しなければなりません。

柴田:DMMのクラブ買収と同時に、スタジアムの賃貸契約書も急ぎ制作、締結したんです。だから重要な部分は確認してあっても、細かいところはあいまいなまま契約した形になって、いま、色々な請求書が飛んできているような状況なんですね。

―私がスタイエンに行った時の感想は「日本のクラブが欧州のスタジアムを視察に行くならここがいいのかな」というものでした。日本のスタジアムは、J1の基準が1万5000人、J2が1万人だからスタイエンの規模はちょうどいい。しかも、街の施設との複合化も進んでいますね。これも日本のスタジアムの将来像と重なる部分があります。

柴田:実際に提携クラブのスタッフの方々やスポンサーの方、さらにはJFA(日本サッカー協会)やJリーグの方も視察にいらっしゃってますよ。

―視察のポイントはどこですか?

柴田:やはり、オフィスやマンションやホテルも入った「複合施設」であることですね。サッカーは年間20試合から、多くても40試合しか行いません。だからサッカーのためだけにスタジアムを建てると、年間で320日くらい使わない箱が出来てしまうんです。

そこでオーナーが「残りの320日をいかに有効活用するか」と考えた結果、こういった複合施設になったときいています。STVVが使っていないオフシーズンの約1カ月間を使い、メインスタンド、ホームスタンド、ゴール裏......とそれぞれ数年かけて徐々に改修し、今の形になっているんですよ。

―オフィスにはどんな企業が入っているんですか?

柴田:サッカーと関連がある企業だと、「ヨーロピアンスタジアムセーフティーマネジメントアソシエーション」です。世界中のスタジアムの安全性やセキュリティに関するコンサルティングをしている会社ですね。

あとは人材派遣、インターネットプロバイダ、コールセンター等の企業が入っています。店舗も家電の販売店や、ドラッグストア、おもちゃ屋さん、ペットショップ、美容室などいろいろありますよ。

入居しているオフィス
入居しているオフィス(©︎STVV)

―スタジアムにテナントとして入る理由って何なんでしょうか?

飯塚:オフィスを借りる企業さんにとっては、ピッチビューがあることが大きいようです。開放感があるから従業員の満足度を高められる、さらにはフィットネススタジオもあるから従業員がリフレッシュでき、終業後は商業施設での買い物も楽しめます。

あとは交通の便。ブリュッセルから車で50分くらいで、しかも約1,000台分もの駐車場があるから便利なんです。

―マンションやホテルはどんな状況ですか?

飯塚:はい。マンションは値段が高いので、経済的に余裕があるお年寄りが多いようです。あと、ホテルは観光利用が多いようです。ちなみにシント=トロイデン周辺は、春先に桜やリンゴの花が咲くんですね、だから試合を観に来る方だけでなく、旅行者でも賑わうんですよ。

もちろん平日のビジネスユースも多いです。会議室も何室かあるので、これを企業のセミナーや研修に貸し出す機会もあるようですね。

―スタジアムのピッチも活用しているんですよね?

柴田:ええ、コンサート、イベント、あとはサッカーが大好きなカップルがピッチの上で結婚式を挙げたりしていますね。

飯塚:サッカーで使うピッチ上はもちろん、スタジアムの中にある約3000平方メートルほどのイベントスペースも利用できます。

―そうだ、私が行った時、見ましたよ。イベントスペース。しかしこれ、相乗効果がありそうですよね。普段からスタジアムを訪れていれば試合も観たくなる、試合を観ていればお店にも来てみたくなるのが当然じゃないですか。

飯塚:そうですね。ちなみにスーパーも高級店とお得なお店が入っていて、周辺の方が使っています。私も、スタイエンは周囲の方たちの日常に溶け込んだスタジアムになっているのかな、と感じますね。

日本企業は「自信を持つべき」!

―では最後に、皆さんがベルギーで見たもののなかで「このノウハウは日本のスポーツ界に還元したいな」といった何かはありましたか?

飯塚:よく、スタンドの後ろにバースペースがあるんです。これが面白い。日本だと、スタジアムは「競技場」として扱われるから無駄がなく、ファンが回遊して、留まって、談笑する場所が少ないんです。一方、欧州のスタジアムは"スペースの余らせ方が上手い"印象があります。

あと、もっとホスピタリティエリアを充実させてもいいですね。どのスタジアムも収容人数は限られていて、スタイエンも1万数千席を満員にしても売上の劇的な増加には結びつきません。そこで、VIPエリアを設けたり、ディナーサービスを充実させるなどして富裕層からお金をもらう構造をつくり出せればいいのに、と思います。

スタンド後ろのバースペース
スタンド後ろのバースペース(©︎STVV)

―なるほど。

柴田:一方、私は欧州のスタジアムが日本のスタジアムから学ぶ部分もあると思います。例えばスタジアム運営のセキュリティやチケッティングは日本の方が進んでいる部分がありますよ。

―具体的には?

柴田:日本ではチケットのもぎりなど試合当日の運営はアルバイトさんが働いています。一方、こちらは給与も出るボランティアの方が運営に携わっているのですが......警備員さんやスタッフも、心はSTVVのファンなんです。だから試合が盛り上がると、警備員さんが試合に見入ってしまったりしています(笑)。

―そのあたりは日本の方がきっちりしていそうですよね。

柴田:あと、日本は事前にスタッフの研修を行ない、マニュアルも覚えますが、こちらはそこが効率化されておらず、スタッフが「ごめんなさい、わからないです」という対応をすることがあります。このあたりは日本のシステムを導入すれば確実にサービスを向上させられると思います。

塩谷:欧州はサッカーの本場で、敬意を表すべき長い歴史を持っています。だからこそ、日本人は欧州サッカーに触れる時「あらゆる面で学ぶことがあるのだろう」と高い期待値を持ってしまいがちです。しかし、運営やクラブのフロントの体制など、Jリーグのほうが整っている部分もたくさんあるんですね。

―なるほど、現場の貴重なお話、ありがとうございました。実を言うと私も、もっと日本企業の進出があってもいいのかな、と思っているんです。DMMの進出が、その大きな第一歩だったら面白いですよね!

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