【第1回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(1/2)
【第1回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(1/2)

【第1回】日本企業の"欧州チーム買収"最前線 ― ベルギー1部・シント=トロイデンVVと、ホームスタジアム「スタイエン」が目指す理想郷(1/2)

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中国企業による欧州クラブ買収のニュースが続く中、日本のIT企業「DMM.com」が2017年11月にベルギーリーグ1部・シント=トロイデンVV(STVV)を買収した。同社はどのようなビジョンを描いてフットボールビジネスに参入したのか?

1927年設立のホームスタジアム「スタイエン」の活用法は? STVVの日本人スタッフを取材すると、日本企業には大きな可能性があることがわかった。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

飯塚晃央氏
1987年生まれ。慶応大学経済学部卒業。シント=トロイデンVVのCFOとして財務管理の責任者を務める。新卒で楽天株式会社に入社し、ヴィッセル神戸への出向を経て現職。SHC5期生。
塩谷雅子氏
1980年生まれ。青山学院大学文学部卒業。シント=トロイデンVVジャパンブランチの広報部長として、 日本に向けたブランド・広報戦略を担当。スポーツメディア、日本スポーツ振興センター勤務を経て現職。
柴田コーリーライアン氏
1993年生まれ。青山学院大学文学部卒業。シント=トロイデンVV強化部に所属し、選手の契約やギアの管理等を担当。新卒で合同会社DMM.comに入社し、シント=トロイデンVVに出向。
1927年に建てられ、改修工事を経て近代化されたSTVVのホームスタジアム「スタイエン(Stayen)」
STVVのホームスタジアム「スタイエン(Stayen)」(©︎STVV)

アンチも含めて、ありがたい

―ベルギーリーグは選手のショーウィンドーのようになっていますよね。ほぼ外国人枠がなく、かつベルギーは地理的に欧州の中心にあるから多くのスカウトが試合をチェックに来ます。そのリーグのチームを買収した意味は...。

飯塚:このプロジェクトには3つのミッションがあります。

1つ目は、健全なクラブ経営による事業収益化。2つ目は日本サッカーの強化。3つ目はこの街で95年愛されてきたSTVVというチームの挑戦と繁栄。特に日本では2つ目の日本サッカー界への貢献の面で注目されることが多いと思います。

世界で戦える日本人選手、監督、コーチ、スタッフ、さらにスポーツビジネスの人材が集まる拠点をヨーロッパに創ろう、と考えたんですね。

―初年度から大きな成果がありましたね。

飯塚:昨年、6名の日本人選手が所属していたのですが、冨安健洋選手(DF、元アビスパ福岡)はSTVVからイタリア・セリエAのボローニャFCへの移籍が決まり、ステップアップしました。

また、鎌田大地選手(MF、元サガン鳥栖)はフランクフルト(ドイツ・ブンデスリーガ)からSTVVへレンタル移籍で来てましたが、フランクフルトに戻ってから非常に評価を高めているようです。

―彼らはアジアカップやキリンチャレンジカップの日本代表に選出され、その活躍は日本でも大きく報道されました。そんな中、日本のサッカーファンの間でSTVVの知名度が上がってきたな、と思われる瞬間はありますか?

塩谷:広報担当としては、鈴木優磨選手(FW、元鹿島アントラーズ)の獲得によって潮目が変わったと感じています。

それまでの「最近よく、シントトロイデンって聞くよね」という雰囲気から、鈴木選手の獲得をきっかけに、「シントトロイデン、また選手をヨーロッパに連れて行くんかい」といったご批判の声がグッと増えたんです。

STVV在籍時の鎌田選手、冨安選手、遠藤選手
STVV在籍時の鎌田選手、冨安選手、遠藤選手(©︎STVV)

―それ、やはりまずい状況なんですか?

塩谷:負の面ばかりではないのです。エンタテインメントにおいて、最もよくない状態は「無関心」、誰からも関心を持っていただけていない状況です。

一方、ご批判を下さる方も「関心を持っていただいている」状態ではあるのです。

―なるほど、関心を持ってもらっていれば、意見は届くわけですからね。

塩谷:はい。私は基本的に日本にいるのですが、最初は「シントトロイデン」で検索しても何も出てこず、試合のスコアさえ載っていませんでした。

そこで、メディアに取り上げていただけるよう毎試合、レポートや写真を記者さんにお送りしたり、SNSで発信を続けるなど遠いベルギーまで取材にいらっしゃれないメディアの方にも存在を知っていただけるよう、広報活動を続けてきました。

その結果、試合のレポートや写真をお送りする記者さんの数は当初の20人から160人くらいまで増え、これがクラブの認知度向上にも繋がっています。こうしてやっと、まずは関心を持っていただけるようになったんですね。

今後は、もう少し深い情報を出していきたいと考えています。ベルギーリーグは、移籍に関するレギュレーションも整備されているなど、あらゆる面で若い選手の育成環境が整っています。ここにチームを持っていることで、日本サッカーの発展に寄与できる背景を知っていただきたい。

なぜ私たちが日本人選手を獲得しているのか、どんなクラブ運営を行っていて、どんなビジョンを持っているのかを積極的に発信していこうと思っています。フェーズが「認知していただく」から「ご理解をいただく」へと一歩進んだ、という認識です。

ベルギーは、リーグ、国、クラブが同じ将来像を描いていた!

―飯塚さんは、日本とベルギーのスポーツビジネスって、どのあたりに違いを感じますか?(飯塚さんは一時期、楽天の社員としてヴィッセル神戸に赴任していた)

飯塚:まず、ベルギーの人口は約1000万人で、GDPも日本の10分の1くらいです。サッカーの5大リーグ(特に高レベルとされるプレミアリーグ(イングランド)、リーガ・エスパニョーラ(スペイン)、セリエA(イタリア)、ブンデスリーガ(ドイツ)、リーグ・アン(フランス)」が存在する国はそれなりに経済規模も大きいんですが、ベルギーでは工業、化学など重厚長大産業も、有名ブランドも特に育っていない印象です。

社会構造として労働者が強く、企業や資本家側が「ベルギーでビジネスしよう」と思うことが少ないのかな、とも感じます。これがサッカーにも違いをもたらしています。

シント=トロイデンの街の様子
シント=トロイデンの街の様子(©︎STVV)

―具体的には?

飯塚:収益構造が大きく異なります。人口も経済規模も小さいので、チケット収入、広告のスポンサー収入、グッズ収入も小さい、しかも周囲の国すべてにプロリーグが存在するから国境を越えてグローバルで展開することも難しい。

だからベルギーでは若い選手を育成し、移籍金で収益を得る構造が生まれたのだと思います。また、国の制度として、25歳以下の選手を雇用している場合、クラブは給与の一部を税の還付金として受け取ることができるんです。これも結構、大きな額になります。

―ベルギーでは、リーグに関わる人たち、さらには公的機関の方までもが「ベルギーリーグはステップアップリーグ」だと認識しているんですね。だから思い切った施策が打てる、と。

飯塚:リーグの仕組みもよく考えられています。ベルギー1部リーグでは6位以内に入ると「プレーオフ1」に出場できます。すると、クラブは比較的高額な放映権料を手にすることができ、入場料収入も得られます。(7位以下だと「プレーオフ2」に出場するが、消化試合に近いため収入増には結びつかない)

また、プレーオフ1で好成績を収め、ヨーロッパリーグ(EL)やチャンピオンズリーグ(CL)への出場権を得ると、さらなる放映権料が入ってきます。

リーグとチームがはっきりと「プレーオフ1に国内の強豪チームを集め、ここでリーグ戦を行って選手を強化する」「クラブは選手の育成によってヨーロッパコンペティションで戦えるチームをつくって、ここで活躍した若手を売ることによって収益をあげる」という構造を認識しているんです。

―そんななか、STVVの現状は?

飯塚:4シーズン前に2部から1部へと昇格して、毎年着実に順位を上げている「伸びしろがあるクラブ」です。我々は2020-21シーズンまでにプレーオフ1に出場したいと考えていて、買収後も順調に成長していると感じています。

―なるほど、これを知ると買収の意味が見えてきますね。まず、日本企業の経済力があればのびしろのあるチームを成長させられる。さらに、優れた日本人選手を獲得してベルギーリーグで活躍してもらえば、日本サッカーの強化に寄与できるし、DMMとしても永続的なビジネスができる、と。では次にスタジアムの話もお聞かせください。

シント=トロイデンVV 強化部 柴田コーリーライアン氏、CFO 飯塚晃央氏
左から シント=トロイデンVV 強化部 柴田コーリーライアン氏、CFO 飯塚晃央氏(©︎STVV)

第2回はこちらから

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