スタジアム関係者に話を聞くと、日本国内でも希有な成功例として語られる施設がある。鹿島アントラーズが運営するカシマサッカースタジアムだ。以前、スタジアムが改装され、温浴施設が生まれたことはレポートしたが、今回はなぜこれほどに思い切った改修ができたかを探りたい。見えていたのは「チームがスタジアムを持つことのパワー」だった。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)
指定管理者だからこそ切り開けた未来
―先日、カシマスタジアムの改装をレポートしたばかりですが、今回はスタジアムキャンプなどのイベントや、その人気の理由も紹介したいと思ったんです。今年(2019年)、スタジアムキャンプはいつ開催されるのですか?
箕輪:8/3(土)~8/4(日)にかけてです。今年もピッチ上にテントをはって宿泊体験ができるほか、パブリックビューイング、サッカー教室、星空観察など、さまざまな体験型プログラムをご用意していますよ。
―加えて、例年、夏場の週末は「スタジアムビアガーデン」も開催されていますよね。ピッチは年間何日くらい使っているんですか?
箕輪:2018年で97日間、2017年で95日間ありました。うちは100日を目標にして運営しています。
―普通、それだけ芝を使ったらボロボロになりそうなものですが......それでも芝が使えるのはアントラーズが芝のビジネスも行っているからですか?
箕輪:はい。2018年に始めた「ターフプロジェクト」の成果です。2012年に芝の成長を促すLED照射システム「BRIGHTURF」の開発※を始め、16年に導入しました。さらには年間常緑化のために新たな養生技術であるピッチ保温シートを独自に開発し、短い納期でターフを張り替えるビッグロール工法も確立しています。これによって、ピッチの常緑化とスタジアムの稼働率向上を両立できるようになったんです。
※ソニービジネスソリューション、セキシン電機、信州大学との共同事業
―2006年に指定管理者になって、アントラーズは「強いサッカーチーム」であるだけでなく「革新的なスタジアムビジネスを行う会社」になったのかな、と感じているのですが。
※指定管理者制度=公園や道路や水道などの公の施設を民間が管理・運営できる制度。カシマスタジアムは2006年4月1日からアントラーズの運営会社である株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーが指定管理者となり、現在に至るまでスタジアムを管理している。簡単に言えば「公的機関がつくって民間が運営する」制度で、カシマサッカースタジアムは代表的な成功例。
箕輪:大きな進化でしたね。指定管理者だからこそ、フィットネス、クリニック、さらには温浴施設まで経営できるようになって、さらには芝のビジネスも可能になったわけですから。
―この成功例を見ていると「指定管理者にならない」という選択をしたチームはもったいないことをしているのかな、と思うのですが。
箕輪:あくまで想像ですが「負担が大きくなる」「大規模な事業を行う企業体力もない」と考えて見送ったチームも多かったのかな、と思います。
萩原:私たちも「指定管理者制度とはどのようなものか」と調べ、当社の取締役事業部長の鈴木秀樹を中心に研究を重ね「自主事業によって収入が発生する」「それは自社の収入として再投資が可能になる」というところも理解し、綿密な計画を練った上で手を挙げていますしね。
―実際に指定管理者になって、どんなメリットがありましたか?
箕輪:もし指定管理者でなかったなら、夏、ビアガーデンを運営しつつアウェー戦のパブリックビューイングを行う、といったチームとスタジアムが一体になった運用はしにくかったかと思います。もちろん「ターフプロジェクト」も難しかったはずですし、今行っているスタジアムツアーも別のものになっていたでしょう。
―スタジアムツアーはどんな経緯で始まったんですか?
箕輪:最初は、たまたま来た方たちを私が仕事の合間に案内したのが始まりでした(笑)。
―親切心からだったんですね?
箕輪:ええ。サポーターの方がちょっと寄って下さった時に「特別ですよ」とご案内していたんです。しかも、私は以前、試合の運営を担当していてホーム&アウェーすべてチームに帯同していたので、結構"ここだけの話"もできたんです。するとお客さんが皆さん「面白かった!」と楽しんで下さるんですよ。そこで「これ、ニーズもあるし、ビジネスにできるかも?」と考えたんです。
―これぞスタジアムがチームと一体だからこそできることですよね。
箕輪:それに加え、今はミュージアムも改装できました。
前回、スタジアムの改装レポートを書いていただきましたが、実は「アントラーズトージ」だけでなく、ミュージアムの改装も目玉だったんです。我々の強い思いが詰まっている......と言うより思いしか詰まっていない、というか。改装は、その「思い」を入れることを主眼に行いました。
―これ、サポーターなら感涙ものですよね。
箕輪:スタジアムをクラブが運営することにより、スタジアムの歴史だけでなく、そこで行われた試合の歴史について語ることもできるようになるんです。
指定管理者になったメリットがここに凝縮されているのかもしれません。私たちは指定管理者になることで、スタジアムにアントラーズのフィットネス、アントラーズのクリニック、アントラーズの温浴施設を展開でき、スポーツで培った先進的な体作り、医療などを地域の皆様に提供しています。
もちろん、これはビジネスとしても大切な収益になっていて、黒字はアントラーズがより素晴らしいチームになるための強化費用にもあてられます。もちろん、我々の事業が地域の方のお役に立っていればサポーターの方も増えるでしょう。
指定管理者になるにあたっては、負担増などのリスクもありましたが、今は非常に大きなメリットがあったと感じています。
―私は趣味でよく海外のスタジアムを訪ねるんですが......有名クラブのスタジアムはショップがあったり、レストランがあったり、フィットネスジムがあったりして、スタジアムがゲームのない日も賑わう「街の中心」になっているんです。カシマにはそれがありますよね。
ガスがひかれて炭も使えるスタジアム
―ついでにスタジアムグルメの話も伺いたいのですが? もつ煮とか、ハム焼きとか、非常に評判がいいですよね。
箕輪:実はそれも、スタジアムの運営と関わる話なんです。カシマサッカースタジアムの食事のメニューが充実しているのは、スタジアムで「火が使える」から。普通、競技場には都市公園法の縛りがあって火が使えません。
しかしここは「茨城県立カシマサッカースタジアムの設置及び管理に関する条例」という条例のみで縛られており、都市公園法のように火気についての規制がないため、地元の消防署の許可を得て使用が可能になっております。
萩原:通常、消防がまず許してくれませんが、ここはガスがひかれていて、炭も使えます。こんなスタジアムはほかにないんですよ。
―スタジアムグルメも地元の自治体との協力関係があって初めて充実するものなんですね。
箕輪:ええ。だからイベントを行う時、もつ煮を寸胴に入れて温めながら提供できるんです。ラーメンだって作れちゃいますよ。実際にうちの「ソシオ」という会員様向けのパーティーで、小笠原満男プロデュースの"ラーメン満男"を設置して900人前くらい作ったことがあります。
―少し話題がそれますが、こういう選手プロデュースのメニューってどうつくるんですか?
箕輪:スタッフが小笠原選手に「どんなラーメンにしますか?」と聞いて、試作して、食べてもらうんです。すると選手から「もうちょっと、こう」と要望が出てくるので、選手が納得してくれるまでスタッフ......具体的に言えば私がつくって持っていくんです。
―箕輪さんが!?
箕輪:ええ。これも火を使わなければできないことですよね。
ただ、赤字だったんですが。
―なぜ?
箕輪:関係者に食い逃げされたんです。
―(笑)。でも、見えてきました。指定管理者になっても、ラーメンをつくったり、ビアガーデンを立ち上げたりする情熱がなければ負担が増えるだけなのかもしれませんね。でも情熱がある方たちにとっては、クラブとスタジアムの運営が一体になることで非常に多くのメリットがある、と?
箕輪:そうかもしれません。スタジアムは「思い」があればいろんなビジネスが展開できる場所になります。しかも、その思いがお客さんに伝わるからこそ、地域の方たちもここにいらしてくれます。根本にある「思い」が好循環を生むんです。
あとは、我々の社風も関係しているかもしれません。実をいうとうちは去年一昨年と「ゾンビスタジアム」という企画を実施しています。普通のクラブなら反対があってできなかったかもしれませんが、アントラーズには「何でも試してみよう」という社風があって、逆に二番煎じのことはやりたがらないんです。
―強い思いと、あとは思い切ったことをやる雰囲気、これがあるから指定管理者という立場が活きるのかもしれませんね。ありがとうございました!
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