【第3回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(3/3)
【第3回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(3/3)

【第3回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(3/3)

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ロンドンで建設中のサッカースタジアム「ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム」について、設計したAFLアーキテクツ社の建築士で、かつてUEFA受賞のプロジェクトにも携わったリタ・オチョア氏に伺った。スタジアムが建つ地域の特性の違いは、どのようにスタジアムの設計に影響するのだろうか?
(聞き手・筑紫直樹、有川久志 編集・夏目幸明、中村洋太)

第2回はこちらから

リタ・オチョア(Rita Ochoa)氏
ポルトガル出身。AFLアーキテクツ(AFL Architects) シニア・アソシエイト・アーキテクト。大規模複合型スタジアムやアリーナなどのデザイン・設計を担当する欧州屈指のプロジェクト・アーキテクト。UEFA受賞のプロジェクトなど、多くのスポーツ施設の設計に参加している。現在は「ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム」と「スウォンジー・デジタル・アリーナ」の設計プロジェクトを率いているほか、2022年FIFAワールドカップのメインスタジアムである「ルサイル・スタジアム」の設計でカタール政府のプロジェクトにも参加している。

ルサイル・スタジアム
W杯カタール大会のメインになるルサイル・スタジアム
(画像:AFL Architects)

コンコースが美術館に!? スタジアムの多彩な活用アイデア

―将来、サッカースタジアムはどのような姿になると思いますか?

リタ:これから20~30年後には、自動運転車のカーシェアリングが人々の足となり、駐車場の需要は大きく減るだろうと考えています。それによって空いたスペースに、試合のない日でも気軽にスポーツや社交を楽しめる場所が生まれるのではないでしょうか。

テクノロジーの分野では、顔認証技術によりセキュリティ上のリスクが減少することで、スタジアム入場から座席に着くまでの時間の短縮が見込まれます。すでに物理的な紙のチケットの販売所は減ってきており、電子チケットが主流になっていますからね。

―テクノロジーの発展がスタジアムに与える影響が大きい、ということですね。

リタ:労働環境の変化も、スタジアムのあり方に変化をもたらすでしょう。イングランドでは余暇や休暇に費やせる時間が短くなりつつあります。そこで欧州の多くのスタジアムと同様、いかにして家族客に濃密な時間を過ごしてもらえるかに注力していかなくてはなりません。

実際にスタジアムに来場する女性や子供たちの数は徐々に増加しており、様々な家族客向け施設や企画を提案していくことがクラブにとって急務となります。また、欧州では今後30年間で66歳以上の人口が倍増すると予測されており、障害の有無に関わらず誰もが楽しめるスタジアムの設計が求められることでしょう。

―スタジアムデザインについてはどう変化していくと思いますか?

リタ:その街を象徴するランドマークとして、記憶に残るユニークさを持たせることが重要です。スタジアムの姿はテレビで映され、Googleマップで閲覧されるだけでなく、PlayStationのゲームの背景にさえ登場する時代です。だからこそ、世界のどこの人が目にしても、すぐに認識できるユニークなデザインが求められます。

―スタジアムの試合日以外の活用について、何かアイデアはありますか?

リタ:最も一般的な活用方法はコンサートですが、実は多くのスタジアムで政治集会やレイブ、宗教のミサ、著名人の追悼式、ドローンレース、eスポーツの大会など、様々な催しが実施されています。

スタジアム内部の諸室も、建設前に綿密に計画することで地域コミュニティが活用可能です。例えばブレントフォード・コミュニティ・スタジアムのホスピタリティ・ラウンジは、平日は学校支援センターとして地域の子供たちが利用することになります。地元の警察署もスタジアムを訓練施設として利用する予定です。

ちなみにスポルティング・リスボンのスタジアム「エスタディオ・ジョゼ・アルヴァラーデ」では、地域の高齢者の方々が平日にデイセンターとして使用しており、社交や運動を楽しんでいるんですよ。そこには独立系ミニシアターも10館入居しています。

―ミニシアターまで!? ユニークな活用方法がたくさんあるんですね。

リタ:他にも、多くのスタジアムでVIPラウンジを企業イベントやウェディングに貸し出していますし、ボックス席を会議室やホテルの一室として利用できるスタジアム、屋根まで登れるスタジアムツアーを催行しているスタジアムなど、挙げればキリがありません。

アメリカのあるスタジアムでは平日のコンコースが美術館に変わり、オランダのあるスタジアムでは平日のコンコースが子供用ゴーカートのサーキットとして愛されています。建築士とスタジアムの所有者が既成概念に捉われずに独創的なアイデアを出すことができれば、スタジアムの可能性は無限に広がるのです。

―あらためてスタジアムが持つ可能性の大きさを感じました。ところで、AFLアーキテクツでは練習場やクラブハウスの設計もされていますね。

リタ:ええ。練習場やクラブハウスの設計は、スタジアム同様にやりがいのある仕事です。特に弊社が設計したチェルシーFCのコバム練習場は世界最高水準の施設で、プレミアリーグ水準のフルコートピッチ38面、トレーニングジム、水治療法用プール、メディアセンター、サウナ、スチームルームバスなどを完備しています。地中暖房を設置しているピッチや、英国初となる傾斜調整可能な映像監視システム付きの水中トレッドミルもあるのです。

2007年にコバム練習場が完成するまで、チェルシーはロンドン大学の施設を借りて練習していました。信じられないような話ですが、ようやくクラブの輝かしい歴史にふさわしい練習場ができたわけです。

チェルシーFCのコバム練習場
チェルシーFCのコバム練習場 (画像:AFL Architects)

―練習場を設計するうえでは、どのようなことが大切ですか?

リタ:周辺の景観と調和し、持続可能な施設を建設することも目標となります。チェルシーもサウサンプトンも都市部ではなく郊外に練習場を整備しましたが、そういった場合は主に景観に関する難題が持ち上がります。チェルシーは、景観を阻害しないよう、クラブハウスの地下部分を大幅に拡張することで対応しました。クラブハウスの屋根にはベンケイソウを植え込んだグリーンルーフを採用し、視覚的な美しさだけでなく、生物多様性の増進や雨水管理の向上も実現しています。

また、2018年には弊社が設計したエヴァートンFCの「ファミリールーム」がオープンしました。これは、アカデミーの選手たちが練習する姿を家族が快適な環境で見守れるよう、設計したものです。自宅のような温かみのある空間を作り出すことで、クラブへの帰属意識を高めてもらおうとしています。イングランドを代表するビッグクラブでも、地域コミュニティを育んでいくことがクラブの将来にとって重要だと認識しているのです。
※若手選手の育成を目的としてサッカークラブが設けた組織。

ファミリールームが入る、エヴァートンFCのトレーニング施設
ファミリールームが入る、エヴァートンFCのトレーニング施設
(画像:AFL Architects)

競技レベルの向上には、地域とクラブの協働が不可欠

―日本の場合、クラブが自前でスタジアムを建設することは稀で、多くの場合、地方自治体が公共施設整備事業の一環としてスタジアムを建設することになります。AFLアーキテクツでも、自治体や政府機関と一緒にスタジアムの設計をされるのですか?

リタ:はい。AFLアーキテクツは様々な政府機関と協働します。オリンピックやFIFAワールドカップ、UEFAチャンピオンズリーグ、そしてEUROなどの国際大会が行われると、開催国の政府機関はスタジアムの新設をします。そこでAFLアーキテクツは、単にスタジアムを設計するだけでなく、都市開発やレガシープラン(大会開催後を見据えた計画)、開催都市・地域の自治体やクラブへの支援など、広範囲に渡って大会に関わるのです。

―最近の例は?

リタ:2024年のEURO開催を目指していたトルコ政府との協働です。スタジアムや関連施設の整備事業資金の調達方法、レガシープラン、スタジアムのデザインなど、官民連携事業の持続可能性に必要なビジョンを、開催候補都市に提案しています。また現在は中国も興味深いですね。サッカー専用スタジアムや練習場の拡充が進んでいるのです。

―どのような状況なのですか?

リタ:中国では、オリンピックのような国際大会の開催要件を満たす大型施設に、国の機関が積極的に公的資金を投入してきました。しかしレガシープランが策定されていなかったため、大会開催後に施設が無用の長物になり、ピッチや投光器を適切に維持管理するための人材も足りていません。

さらに最重要課題として、施設の持続を可能とするためのビジネスプランの欠如が挙げられます。中国の地方部でも別の問題が起きています。小規模スタジアムを所有する自治体が、高い公益性を求めるあまり、低品質のピッチを陸上用トラックで囲むような多目的施設化を進めているのです。

―高い競技レベルを目指すサッカークラブの思惑とは合致しない状況ですよね。

リタ:ええ。中国の多くの地方自治体は、欧州水準のピッチを導入することに利点を見出せていません。費用が100万ユーロ(約1.25億円)ほどかかるからです。仮に導入したとしても維持管理費を負担することはありません。しかし、クラブが単体で費用を負担できるかというと、多くの地方クラブにはそこまでのお金がないのです。

―悩ましい問題ですね。

リタ:この課題の解決策のひとつは、高品質のピッチを持つ、小規模だけど将来的に拡張可能なサッカー専用スタジアム、その施設運営をサポートする他のスポーツや地域コミュニティ用の施設、そして商業施設が集合した複合施設をつくることです。私はこれこそが、持続可能なスタジアムの理想像だと思います。

昆明体育訓練基地の完成予定図
中国の昆明体育訓練基地、完成予定図
(画像:AFL Architects)

―まさに、ブレントフォードFCが新スタジアムによって体現しようとしていることですね。

リタ:その通りです。地方自治体・地域コミュニティ・クラブの協働によってサッカーの競技レベルが向上し、結果としてビジネスや地域社会の発展が実現されるということを、今後のブレントフォードFCが証明してくれると思います。

―貴重なお話をありがとうございました!

ブレントフォードFCの新スタジアム建設現場にて
ブレントフォードFCの新スタジアム建設現場にて
(左から筑紫 編集員、リタ・オチョア氏)

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