【第1回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(1/3)
【第1回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(1/3)

【第1回】英2部クラブが「異色の新スタジアム」建設に秘めた野心 ~欧州屈指のスタジアム建築士リタ・オチョア氏インタビュー~(1/3)

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サッカーの本場・イングランドでは、現在、スタジアムを新設・改修して収容人数を増やし、収益拡大を計画するクラブが多い。そんななか異彩を放つのが、ブレントフォードFC(イングランド2部)が建設中の新スタジアムだ。プレミアリーグ(1部)昇格を狙うクラブにも関わらず収容人数は2万人弱。

なぜこのような計画となったのか? 謎を解き明かすべく、新スタジアムを設計したAFLアーキテクツ社の建築士で、かつてUEFA受賞のプロジェクトにも携わったリタ・オチョア氏を訪ねた。
(聞き手・筑紫直樹、有川久志 編集・夏目幸明、中村洋太)

リタ・オチョア(Rita Ochoa)氏
ポルトガル出身。AFLアーキテクツ(AFL Architects) シニア・アソシエイト・アーキテクト。大規模複合型スタジアムやアリーナなどのデザイン・設計を担当する欧州屈指のプロジェクト・アーキテクト。UEFA受賞のプロジェクトなど、多くのスポーツ施設の設計に参加している。現在は「ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム」と「スウォンジー・デジタル・アリーナ」の設計プロジェクトを率いているほか、2022年FIFAワールドカップのメインスタジアムである「ルサイル・スタジアム」の設計でカタール政府のプロジェクトにも参加している。

リタ・オチョア(Rita Ochoa)氏
リタ・オチョア氏

新スタジアムの建設で直面した「2つの問題」

―ブレントフォードFCには、「グリフィン・パーク」という本拠地スタジアムがあります。そんななか、なぜこのチームは新スタジアム(ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム)を建設する必要があったのでしょうか?

リタ:老朽化の進むグリフィン・パークが、ピッチの見やすさやスタジアムの快適さ、座席の窮屈さなどの観点から時代遅れのスタジアムだからです。座席数も12,300席しかなく、スタジアムは住宅に囲まれているため、これ以上の拡張は望めません。

また、ブレントフォードFCはまだ2部リーグに所属していますが、現状の放送設備ではプレミアリーグの参入要件を満たしません。その観点からも、高度な放送設備や複数のカメラポジションを持つ新スタジアムが必要でした。

―なるほど。

リタ:だからといって、新スタジアムの建設場所がどこでもいいというわけではありません。「グリフィン・パークの近く」がクラブ側の条件でした。

―なぜ近くないといけなかったのでしょう?

リタ:ブレントフォードFCが、この地域に根差したクラブだからです。グリンフィン・パークは1904年から使われており、サポーターたちはこのスタジアムで、何世代にもわたって家族ぐるみでクラブを応援してきました。しかも、サポーターの多くはこの地域に住む人々で、お互いの顔もよく知る仲なのです。

―長い歴史があったのですね。

リタ:幸運なことに、クラブは2004年にグリフィン・パーク近くの土地を購入でき、サポーターは喜びました。しかし設計上、問題が2つあったのです。

第一の問題は、土地の購入後、2007年に欧州全体を覆った不況の影響もあり、クラブに大規模スタジアムの建設資金がなかったことです。

そこで910戸の新築住宅、ホテル、ブレントフォードFCコミュニティスポーツ信託基金(Brentford FC Community Sports Trust)のオフィス、商業施設などを整備し、将来的に拡張が可能な身の丈に合ったサイズのスタジアムを建設する戦略を策定しました。そして、スタジアムと周辺再開発の工費は、住宅マンションや商業施設の売却益や賃料で補填することが決まったのです。
※地域が抱える課題をスポーツの力で解決する目的で1987年に設立された。同基金は現在、健康や障害、教育に関する事業に取り組み、毎年数千人の子供たちや若者たちをサポートしており、イングランドのフットボールチャリティ分野における代表的な存在として知られている。

―もうひとつの問題は?

リタ:上述の多くの施設や建物を、どうやって限られた敷地面積に収めるかが問題でした。というのも建設場所が、ロンドン中心部を走る3つの鉄道路線に囲まれた、三角形の土地で、計画に対して広さがギリギリだったのです。

結果的にこの問題は、交通業界専門のコンサルタント、群集シミュレーションモデル専門家、都市設計家、住宅設計専門の建築士、ロンドン市の関係機関、イギリス国鉄など、多くの関係者の方々との協議と数千時間に及ぶ調整業務により解決しました。

ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム
新スタジアムの完成予定図 (画像:AFL Architects)

新スタジアムの建設で直面した「2つの問題」

―新スタジアムの収容人数はどのくらいですか?

リタ:17,250人です。実はラグビーのイングランド2部リーグに所属するロンドン・アイリッシュRFCも同じスタジアムを本拠地として使用するため、プレミアリーグだけでなくラグビーの開催要件も満たしています。

―ラグビークラブも新スタジアムを使用するのですね。設備面に関しては、どのようなものを導入するのでしょうか?

リタ:サッカーもラグビーも高度な放送設備を必要とするので、審判補助システム用のホークアイ・カメラには複数のカメラポジションを設置します。モニターについては、大型LEDモニター2台、スタンドやピッチ周囲のLEDリボンビジョン、そしてデジタルサイネージ(電子看板)としても使われるディスプレーモニターをコンコース上に設置する予定です。

新スタジアムの運用開始はまだ1年ほど先(取材をした2019年初頭現在)ですので、最近の技術革新のスピードを加味すると、設備の詳細については変更していく可能性もあります。ですから、テクノロジーや運用形態が刷新されても、常に対応できるよう、配線経路や配電室へのアクセスにも柔軟性を持たせることが大事です。

―情報通信技術(ICT)の分野において、特筆すべき点はあるでしょうか?

リタ:イングランドではICT分野において、大幅な規制緩和が行われています。これにより、多くの通信サービス提供業者が市場参入できるようになりました。ただ、通信業者の選択肢が増えたことで、企業は頻繁に通信業者を変更するようになっています。すると、多くのテナント企業を抱えるビルの運営会社が難しい問題に直面します。

事前に、テナントが様々な通信業者のサービスを利用できるよう、設計しておく必要があるからです。そのため、新スタジアムは複数の通信業者がサービスを提供できる設計にしました。また、複数の通信業者が介入できるようにすることは、スタジアムの通信回線に余剰能力をあたえることも意味します。すると、使用中の回線に障害が発生しても代替回線が利用できるようになるのです。

そして新スタジアムには、同じ規模のスタジアムに比べ約3倍ものコンコースモニターを設置します。

―3倍!?

リタ:新スタジアムはサッカーとラグビー、少なくとも2つの異なるブランドイメージを持つクラブが本拠地として使用します。手っ取り早く内装を変えるためには、コンコースモニターを利用するのが良いと判断しました。

―なるほど!

リタ:コンコースモニターはデジタルサイネージとして使われます。そして映し出されるコンテンツのテンプレートは、開催されるイベントに応じて変更可能です。もちろん緊急時に避難経路を指示するなどの用途も含みます。

例えば、ブレントフォードFCの試合開催時は、関連コンテンツやクラブカラー、ロゴなどがモニターに映し出されますが、ラグビーのロンドン・アイリッシュRFCの試合開催時には別のブランドイメージが映し出されます。

―効果的な使い方ですね。

リタ:ええ。しかも何より、プレミアリーグ昇格を目指す選手たちにとっては「プレミアリーグ基準のスタジアムが完成する」ことそのものが、大きなモチベーションとなるはずです。良いスタジアムをつくることで、チームのパフォーマンスは向上します。そのことをブレントフォードFCは証明しようとしているのです。このようなアプローチから、彼らがいかに野心的なクラブかおわかりになるでしょう。

しかし、新スタジアムの建設プロジェクトについては、他にも特筆すべき点があります。実は建設計画が始まった当初、ブレントフォードFCを所有していたのはサポーター会員たちだったのです。

―ええ!?

第2回はこちらから

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