【第3回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(3/3)
【第3回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(3/3)

【第3回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(3/3)

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最新作『ザ・ウォール』で球場を主役に描いた作家の堂場瞬一氏に話を伺った。マツダスタジアムの設計担当者で、同作品の球場と周辺施設について監修・指導をした上林功氏も交えて、スタジアム談義はさらにヒートアップしていく。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明、中村洋太)

第2回はこちらから

小説『ザ・ウォール』
野球小説の旗手・堂場瞬一氏の最新作。今回は本物の建築家を迎えて構想された球場が主役。その球場を本拠地とする「スターズ」を中心とした渾身の書き下ろし。
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街の持つイメージとスタジアムの調和

―最近、お客さんにより楽しい時間を過ごしてもらうため、各球場は新しい取り組みを増やしていますよね。たとえばマツダスタジアムでは「他球場にはない座席を作ろう」と、クッションで寝そべって観戦できる「寝ソベリア」というシートを設けています。

上林:特徴的な観客席が増えてきましたね。球場の取り組みは先例主義が強く、ある球場で変わったシートを作ったりすると、他球場でも追従して取り入れられるケースがあります。

堂場:なるほど。

上林:最近のトレンドは、スタジアム内のLEDビジョンの大型化かもしれません。ソフトバンクがヤフオクドームで複数面による大型LEDビジョンを設置したのを皮切りに、他球場でもLEDビジョンの大型化更新がおこなわれ、日本ハムも、現在構想中の新球場で設置しようとしています。

―徐々に球場が進化していくのが面白いですね。ところで堂場先生は、これまで訪れた中でどこのスタジアムが一番好きですか?

堂場:野球場じゃないのが悲しいんですけど、秩父宮ラグビー場ですね。試合は観やすいし、スタジアムの歴史も含めて一番好きです。海外だったら、サンフランシスコのオラクルパーク(旧AT&Tパーク)かな。迫力があって、球場のワクワク感がすごい。でも名物の「スプラッシュヒット」は意外と出なくて残念なんだけど。
※ジャイアンツの選手が放ったホームランが、右翼フェンス後方のサンフランシスコ湾に直接飛び込むこと。スプラッシュヒットが記録されると、電光掲示で表示される。

―上林さんはどこのスタジアムが好きですか?

上林:僕もオラクルパークが大好きです。運河にかかる外野席部分を思い切ってコンコースにしてしまうだとか、敷地の制約を生かして球場を造っています。日本の球場の場合、人気がなく売れづらい座席があると、単に「その席のチケット料金を安くする」という一様な発想になりがちです。

たとえば通常の席ではなくファミリーシートとして販売するとか、制約をもったイレギュラーな座席も「個性」として売るために様々な工夫ができるのに、運営管理の仕組みなどの制約から難しい側面がありました。その点、オラクルパークはスタジアム関係者が一体となって、思い切った取り組みをしているなと感じます。

堂場:他に好きなスタジアムといえば、川崎球場もなんとも言えない愛惜感があります。

―川崎球場と聞いただけで、昭和の川崎の街と人のイメージが浮かんできます。

堂場:そうそう。球場に足を運ぶ楽しさのひとつに、試合を観戦に来るファンの年齢層や服装を見て、どういう層の人がいるのかを知る楽しさがあると思います。川崎球場こそ「観客を楽しめる球場」だったかもしれませんね。

上林:「街とスタジアム」という視点はすごく重要なことですね。『ザ・ウォール』の舞台は新宿ですが、この作品の球場と周辺施設の計画は、新宿という街が持つイメージと見事に調和しています。簡単に言えば、球場に「新宿らしさ」が感じられる。たとえばこの球場が渋谷に造られていたら違和感を抱くはずです。

―それ、すごくわかります。作品中の描写から、新宿の街のイメージや、住んでいる人たちの空気感などが鮮明に伝わってきました。

堂場:最近は渋谷や国立競技場周辺が再開発の話で賑やかじゃないですか。その点、新宿はあまり再開発の話題がなかったので、ここを物語の舞台にしたら面白いかなと。

スタジアムビジネスの意外な事実

―先日、サッカーのアジアカップを観戦するため、アブダビのスタジアムを訪れました。するとスタジアムの両隣にマンションが建っていて、家の窓から試合が観られてしまうんです。サッカーと野球で競技は異なりますけど、『ザ・ウォール』に登場するオフィスビルの話を読みながら、このマンションを思い出しました。

堂場:そこには、本当に観戦が好きな人でないと住めないでしょうね。仮に野球なら、22時くらいまで試合が続きますから。

上林:マツダスタジアムの横にもレジデンスが2棟建っているんですけど、そちらは売り出して即完売だったそうです。アブダビのように、チケット代を支払わなくても観戦できてしまうような施設が成立するのは、スタジアムビジネスが変わってきていることも示していると思います。

プロスポーツは興行ですから、チケット収入が大きな割合を占めてきました。しかし現在は、スタジアムビジネスの主な収入源は広告収入に変わってきているんです。スタジアムによっては、もう半分以上が広告収入というケースもあります。

―そうなんですか。

監修・指導をおこなった追手門学院大学の上林功氏
監修・指導をおこなった追手門学院大学の上林功氏

上林:その年の球団の成績次第で、チケット収入は上がったり下がったりするので、チケット収入だけに頼るのはある意味ギャンブルに近い。WEB配信などを含めた世界的な広告収入を前提とすると、タダでもいいから試合を観てもらって、広告露出を増やすという状況も生まれるので、スタジアムの周辺環境に賑わいをもたらす観戦可能なマンションなどが生まれやすくなるのかもしれません。

堂場:なるほど、そうですよね。実は、神宮球場の外野フェンスに自分の広告を出そうと考えたことがあるんです。「堂場瞬一」と(笑)。見た人は「なんだこの広告?」と思うでしょ?でも、広告出すのにいくらかかるのか聞いた時に、「個人名を掲載するのは難しい」と言われてしまいましたが(笑)。

球場は観客も主役になれる場所

―上林さんは、これからの日本の球場はどう変わっていくと思いますか?

上林:ひと言で言えば、「スタジアムの都市化」です。日常空間に溶け込むようなスタジアムが増えていくのではないかな、と。歩道を歩いていて、ふと横を見るとそこがスタジアム、みたいな。Amazonが公表している新スタジアムが、そのような構想なんです。

これまでのスタジアムは、チケットコントロールや騒音の問題があるから壁で囲う、屋根を作ることが常識でしたが、今は技術の進歩により状況が変わってきています。ウェアラブル端末によるチケットレス決済によるコントロールや、音環境モニタリングと連携した指向性スピーカの導入などにより、壁で囲い、屋根で覆って街とスタジアムを切り離さなければならなかった制約が徐々に解決されてきています。

堂場:たとえばビルの中に球場を組み込むなら、地上部分からでなく、劇場のように9階から15階部分までがスタジアムになっている、といったこともできるのかな。我々作家は無責任ですから、そういうアイデアはいくらでも浮かびます。人口も減ってきていますし、街とスタジアムの関係性は今後見直す必要があるでしょうね。

―なるほど。堂場先生からも今日のお話でスタジアムに対する愛情がたくさん伝わってきました。

堂場:スポーツの主役はプレーしている選手です。しかしスタジアムという特別な空間では、観に行っている自分自身も主役になれるんです。だから私は、スタジアムに愛情を感じるのかもしれません。

―最後になりますが、読者の方に向けて『ザ・ウォール』で注目してほしい部分を教えていただけますか。

堂場:やっぱり表紙と、表紙をめくるとすぐ出てくる図面ですかね。斬新な試みですよ。建築関係の方が、専門書と間違えて買ってくれないかな(笑)。

上林:建築の専門書でもここまで図面を表紙に推し出した書籍はなかなかありません。

堂場:本当に、こういう装丁は珍しいですよ。作品に出てくる沖オーナーの特別室や、ファールエリアの「異様な光景」まで、全部わかっていただけますからね。

―野球の魅力だけでなく、建築や街の話も楽しめる、素晴らしい作品ですね。本日はとてもワクワクするお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。

インタビュー後に記念撮影 (左から有川編集長、堂場瞬一氏、上林功氏)ト
インタビュー後に記念撮影 (左から有川編集長、堂場瞬一氏、上林功氏)

小説『ザ・ウォール』

◆公式ホームページ◆
http://www.j-n.co.jp/books/

◆内容紹介◆
低迷にあえぐかつての名門球団「スターズ」は、本拠地を副都心・新宿の新球場に移転し、開幕を迎えた。

地下鉄駅に直結、オフィス棟、ショッピング棟、ホテルの高層ビル三つが周囲にそびえ立つ形状で、<ザ・ウォール>の異名をとるスターズ・パークには、大リーグ好きオーナー沖真也の意向がふんだんに盛り込まれている。

日本的発想に捉われないサービスや施設の魅力で観客増を図るオーナー。狭くて打者有利の球場に四苦八苦しつつ、堅実な采配で臨む監督・樋口孝明。両者間には軋轢が生じ、序盤は苦戦が続いたチームの成績は、後半戦に入ると徐々に上向き始める......。

ファンが求める「面白い野球」とは。「理想のボール・パーク」とは。野球小説の旗手が放つ、「球場」が主役の革命的一作。渾身の書き下ろし!

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