【第2回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(2/3)
【第2回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(2/3)

【第2回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(2/3)

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最新作『ザ・ウォール』で球場を主役に描いた作家の堂場瞬一氏に話を伺った。球場と周辺施設について、マツダスタジアム設計担当者の上林功氏に監修・指導を依頼した背景とは?
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明、中村洋太)

第1回はこちらから

小説『ザ・ウォール』
野球小説の旗手・堂場瞬一氏の最新作。今回は本物の建築家を迎えて構想された球場が主役。その球場を本拠地とする「スターズ」を中心とした渾身の書き下ろし。
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リミッターが外れていたから、面白い球場が生まれた

堂場:マツダスタジアムにはスポーツジムが隣接していて、トレッドミル(ランニングマシン)で走りながらガラス窓越しに試合を観戦できます。マシンの利用は30分程度での交代制ですが、ジムの会員ならタダで試合が観られるんです。この構造は面白い。今後、様々な施設と組み合わせ、今までにないスタジアムができるかもしれない、と思うのです。

上林:シカゴ・カブスの本拠地球場であるリグレー・フィールドでは、周囲のビル群の屋上に「場外観客席」がありますよ。

―『ザ・ウォール』でも、球場横のビル11階に「特別観覧席」が用意されるなど、同様の要素がありましたね。

上林:さらにこの作品が興味深いのは、今、政策として進められている「スタジアム・アリーナ改革」が進められた場合の未来予想が、クラブチームに関わる人々の目線で描かれているところです。

この作品では、主人公である球場『ザ・ウォール』を本拠地とする「スターズ」という球団のオーナー・沖と球団監督・樋口の対照的な姿が描かれています。沖オーナーはビジネス志向が強く、日本的発想に捉われないサービスや施設で観客の増加を図った。しかし完成した球場は、狭くて打者にとって有利という特徴があり、現場を率いる樋口監督は苦しめられます。

―チームに打力がなく、ホームアドバンテージを生かせないんですよね。

上林:はい。だからその後、樋口監督は芝を短くするなど、自分たちのチームが有利になるように調整していきます。そして、僕はこの部分にリアルさを感じるんです。現実的には、スポーツの現場から遠い人たちが、ビジネスのひとつとしてスタジアムやアリーナに関わるケースが出てきています。

しかし、本質的にはスポーツを楽しむ人々やクラブチームがいかにスタジアムやアリーナを使いこなすかが重要であり、スポーツをより楽しむ、スポーツ文化を豊かにする、という原点に改めて気付かせてくれる作品だと思うんです。

文学がスタジアムをつくる!?

―またこの作品を読んで、より「スタジアムと競技の関係」に気づかされました。

上林:作品に登場する樋口監督は、この球場に四苦八苦しながらも、スタジアムとしての美しさを感じとっています。また沖オーナーも野球に無関心というわけではなく、むしろ熱狂しています。ここが面白いですよね。

―約半年間のシーズンを通して、次第に樋口監督の野球が変わっていくんですよね。選手たちはシーズンの始め頃は「なんだこの球場?」という雰囲気でしたが、徐々に馴染んで、象徴的なラストシーンにつながっていきます。球場が変わると、野球が変わる。それを味わえる作品だと感じます。

堂場:球場というテーマは小説にしにくいのですが、スターズは私の過去の作品でもたびたび出てくる球団ですから、お馴染みの登場人物たちを使って球場の個性を表現できたらいいなと思っていました。

「ザ・ウォール」に登場する球場の図面を制作している様子
「ザ・ウォール」に登場する球場の図面を制作している様子

―ところで今回の作品を書くにあたり、上林さんに球場と周辺施設についてアドバイスを求めたのは、どのような背景があったのでしょうか。

堂場:建設などの専門的な話に走り過ぎると、小説として成り立たなくなってしまいます。とはいえ構造に関して嘘があるといけないので、専門家のアドバイスをいただこうと思って上林さんに相談しました。そしたら図面まで描いていただいたんですね。

上林氏が描いた図面
上林氏が描いた図面

上林氏が描いた図面
堂場氏が描いた図面

―最初はアドバイスだけの予定だったんですか?

上林:ええ。作品に出てくる球場の構造に対しての質問にお答えしていたんですが、堂場先生と話すうち、図面を描いてみたくなったんです。図面があれば、「ようはこの部分ってこういうことですよね」という話ができます。普段、よほどのことがなければここまで具体的に描くことはないですよ。でも「ビルの隙間に球場を埋め込む」という発想を、世の中に示すことができたら面白いな、と思ったんです。

―ビジュアライズされることで、格段に球場の姿がイメージしやすくなりました。

堂場:そうなんです。この図面があるかないかで、作品のリアリティは100倍くらい変わってくる(笑)。

上林:リアリティが高くなると、実際のスタジアムを構想・計画するのと変わらなくなります。私はこのご依頼をいただいた直後、たまたま大学の社会学部の教員になったんですが、ゼミの実習課題として取り入れさせていただいて、学生たちが社会とスポーツの関係を学ぶうえで非常に良い教材になりました。学生たちと「最寄り駅から球場まで観客をどう移動させるか」「やっぱりこの場所からも球場を見られた方がいい」とディスカッションを繰り返したんですよ。

―構造に関する議論を重ねるなかで最も苦労した箇所は?

上林:バックネット直上のオフィスビルの部分ですね。とくに堂場先生が「これも実際にできるのかな?」とおっしゃっていた11階のオーナー室。天井から床まで全部ガラス張りで、球場のダイヤモンドを見下ろせる構造なのですが、この部屋も実現可能なように計画しました。

堂場:すごいんですよ。僕は構造のことが全然わかりませんから、あまり深く考えず、小説に「全面ガラス張り」と書いていました。文系の人間が適当なことを書いても、上林さんはちゃんと現実的に設計可能なのか考えてくれるんです。

上林:ただし、これは私たち設計する側にとっても非常に有り難いことなんです。スタジアムはこういうものだ、と理解している人間は、固定観念に捉われてしまって発想が飛躍しません。しかし建築家や小説家は普段からリミッターを外す訓練をしているので、新しい発想ができます。建築学の研究の中には夏目漱石の文学作品の空間を扱うような「文学空間研究」もあるんですよ。

堂場:僕は球場の設計についてまったく知らないが故に発想のリミッターが外れていて、だからこそ面白い球場を考えられた......ということなんです。この球場のアイデア、どこか買ってくれないですかね(笑)。東京ドームだって、完成から30年以上経ちますし。そろそろ建て替えかなと思っているので。

「観戦文化」がスタジアムの形にも影響する

―また、スタジアムは「観戦文化」とも影響しあっていますね。ふと思い出したんですが、シンガポールにタンピネス・スタジアムという周囲のビルの隙間に組み込またかのようなサッカー場があって、観客席が片側しかないんです。

堂場:収容人数は?

―5,000人くらいです。ではなぜこの程度の収容人数でも成り立っているかといえば、シンガポールリーグなのでほとんどお客さんが入らないからだ、と。

上林:逆に「観戦文化」によって、スタジアムの形にも影響が出ますよね。たとえば日本国内で球場を造るときは外野席の設計に苦心します。なぜなら外野席に陣取る応援団のことを考慮するからです。ところがアメリカでは一般の観戦者が揃っておこうような応援の文化は珍しく、熱狂的な方も内野席で観るから、外野席のつくりに関しては日本より自由度が高い。

堂場:なるほど。

上林:サッカーでも同じです。日本ではゴール裏にサポーターが陣取って応援します。しかしアメリカやカナダのメジャーリーグサッカーでは、アウェイチームのサポーター席が存在しないスタジアムがあるんです。

堂場:まだ観客目線の小説を書いたことはないので、今の話は良いインプットになりました。

―サッカースタジアムはピッチの大きさは規則で決まっていますが「客席スタンドをピッチの四方に置かなければいけない」というルールはありませんからね。しかも「見づらい」ことも、そのスタジアムの「味わい」だったりします。

上林:観客席の勾配が世界一といわれるアルゼンチンのボン・ボネーラスタジアムも、スタンドは三方だけです。でも収容人数は4万9,000人と多くて、なおかつ最上席までの傾斜は42度くらい。上から見下ろすとまるで崖のようです。

堂場:42度?

上林:スキーの上級者コース以上の傾斜です。

堂場:面白いですね。サンフランシスコのオラクルパーク(旧AT&Tパーク)も、それほど狭い球場ではないのに結構な急角度で、試合に集中できなくなります。特に都市部の球場では急角度になりますよね。外野席の上の方だとはしごの上で観ているような感覚があります。結局、神宮の内野席の前列くらいが、傾斜がなだらかで観やすいわけです。

上林:神宮は傾斜が少ない分、前に大きな人が来るとちょっと頭をズラしながら観ることになるんですが、それはそれで、神宮の味なのかなと(笑)。球場ごとの雰囲気や観戦文化の違いはとても重要です。特徴的なデザインだけではつくり出せない、ファンに愛される「球場の個性」がスタジアムには必要だと思います。

第3回はこちらから

小説『ザ・ウォール』

◆公式ホームページ◆
http://www.j-n.co.jp/books/

◆内容紹介◆
低迷にあえぐかつての名門球団「スターズ」は、本拠地を副都心・新宿の新球場に移転し、開幕を迎えた。

地下鉄駅に直結、オフィス棟、ショッピング棟、ホテルの高層ビル三つが周囲にそびえ立つ形状で、<ザ・ウォール>の異名をとるスターズ・パークには、大リーグ好きオーナー沖真也の意向がふんだんに盛り込まれている。

日本的発想に捉われないサービスや施設の魅力で観客増を図るオーナー。狭くて打者有利の球場に四苦八苦しつつ、堅実な采配で臨む監督・樋口孝明。両者間には軋轢が生じ、序盤は苦戦が続いたチームの成績は、後半戦に入ると徐々に上向き始める......。

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