【前編】"スポーツの価値"を活かしていこう! ~大阪経済大学教授・相原正道氏インタビュー~
【前編】"スポーツの価値"を活かしていこう! ~大阪経済大学教授・相原正道氏インタビュー~

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相原正道氏がスポーツビジネスの現場に関わるきっかけはTHE STADIUM HUB編集長の有川がつくっている。編集長が電通に勤務していた2005年、東京ヤクルトスワローズの古田敦也監督が立ち上げた『F-Project(Fプロ)』に参画、後輩である相原氏を誘ったのだ。

相原氏はその後、筑波大学教授の誘いにより東京オリンピック・パラリンピック招致委員会に入り、2017年から大阪経済大学で教鞭を執っている。"学者"の眼から、現在のスポーツ界はどう見えるのか。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明)

相原 正道 氏
1971年、東京都生まれ。大学卒業後、社会人として働きながら筑波大学大学院へ入学。修了後は東京ヤクルトスワローズで「F-Project」に携わり、その後東京オリンピック・パラリンピック招致委員会のメンバーとして活躍。2015年より大阪経済大学で勤務し、現在は人間学部の教授を務める。

相原正道 氏
相原正道 氏

東京は大阪の闊達な議論を見習うべき

― 私たち1990年代の学生と今の学生、違う感じってありますか?

相原:一緒だと思いますよ。私たち同様できるだけサボろうとするなど(笑)、根本的に変わりません。ただ、スマートフォンを使いこなしてきた世代だからITセンスがあります。

あと、野心家が少ない印象ですね。バブルの時代は良くも悪くも日本人全体に強い上昇志向があったと思いますが、これを肌で感じていないから「世の中がよくなるわけないじゃん」と諦めている部分があるのかもしれません。

― 学生たちは卒業後、どんなところに?

相原:一般企業が多いですね。日本ではスポーツで得られる利益が少ないから、スポーツに関する職も少ないのです。例えばプロ野球の球団も、阪神タイガースでさえ定期採用はありません。しかもこの業界はいきなり新卒が入社しても、できることは限られます。

― 確かに。

相原:別の職業で力を付けて自信を持った人が中途採用で入社するほうがスポーツ界にとってもいいし......それくらいの力がないと生き残れませんよね。

米国では、半年コンサルタントをやって、半年大学の先生をやる、といった方がいます。学校では学生に企業の最先端の課題を考えさせ、自分自身もコンサルとして課題を考えるわけです。ただ教えるだけの先生に比べ、フェアでカッコいいですよね。

そのようななか、日本でも実業とスポーツ関連の仕事、さらには実業と大学の先生など、両方やっている人が現れ始めています。とくにスポーツは様々な産業と融合するから実業経験を持っている人間が携わった方が面白い仕事ができるのかもしれません。

― 「Fプロ」の経験はオリンピックの招致でも活きましたか?

相原:具体的なノウハウは特に活きていませんが、スワローズ時代とオリンピック招致、プロジェクトマネジメントを実施することでは一緒だったのかな、と感じています。

例えば「Fプロ」の時、青山祭りを実施しようとして、警察に散々「通りの通行を妨げてはいけない」と言われたことがありましたよね?

― 神宮球場脇の"スタジアム通り"の話ですね。

相原:そうそう。最初、警察は「ヤクルトなんて」「何しに来たんだ?」といった対応でした。しかし断られても代案を出し、企画書を書き直すうち、警察の方もただ事でないと感じてくれるようになったんです。

そして警察の方と「今回は粘るね。いったいどうしたの?」「いや、ぜひやりたいんですよ」といった会話を交わすうち、最後には「じゃあやっていいよ。そのかわりここはこうして、ここはこうで」というような具合に折れてくれて「あれ、できるのか」と思ったことがあります。

自分たちのビジョンをハッキリ伝えることが大切で、粘りが必要なあたりはオリンピックの招致も同じでした。

― 民間企業であるプロ野球と、"官"の仕事であるオリンピック招致、という点で違いはありましたか?

相原:異なります。電通の頃は現場に権限が委譲されていたから判断のスピードが速かったと思います。有川さんもよく即決されていましたよね(笑)。

しかし公務はそうもいかないんです。上に判断してもらうだけでなく、例えば環境局、ことによっては水道局など"横"に対しても根回しをしておく必要があります。皆さん目指すものが異なるから、根回しを怠ると、上の決済を得る段階でガツンとやられちゃうことがあるんです。

こういった経験を通して「行政は時間がかかる」という意味がよくわかりました。

こうした経験により最近は東京と大阪の違いを実感しています。大阪で国際、観光、スポーツ、文化といった事業に関わると「大阪は官と民の間の議論がフラットだからスピードが速い」と感じます。東京に比べて、確認に必要な階層が2つくらい少ないんじゃないか、と感じるほどです。

― 大阪は江戸の昔から民間が力を結集して公共工事を行うような文化がありましたからね......。なるほど、現状、よくわかりました。

多くの書籍を出している相原氏
多くの書籍を出している相原氏

スポーツは、社会の課題と掛け算すると、尊い何かに昇華する

― 相原さんの書籍『現代スポーツのエッセンス』の中でもテーマになっていた「スポーツゴミ拾い(スポGOMI=チームを作って制限時間でごみを拾って、量と質でポイントを競い合う競技)」にはどんな関わり方をされているんですか?

相原: 私は理事のうちの一人です。いまは4カ国、9都市に広まって、参加人数も65,000人程度にまで増えました。まだ大きくマネタイズはできていませんが、国内でも海外でも学会では非常に誉められます。

スポーツは社会の課題と掛け算をした時、何かに昇華していくんです。例えば、「Fプロ」の時もいじめ撲滅を訴求する社会貢献事業とマーケティングが一緒になった"大義名分マーケティング"を実施していましたよね。

― そうでしたね。

相原: スポGOMIは、スポーツ特有の素晴らしさとごみ拾いの掛け算なんです。スポーツには「みんなで同じ目標に向かっていく」とか、「何かを達成する爽快感がある」。負けるからこそ「次は勝ちたい」と思うとか......スポーツでしか味わえない良さがあります。これと掛け合わせることで「ごみ拾い」のイメージを一変させていこう、という考えがあるんですよ。

― ちなみに今後は、どんな"掛け算"が求められるんでしょうか?

相原:「環境」です。1994 年に国際オリンピック委員会(IOC)が、オリンピック憲章に「環境」の項目を追加し、今後は「スポーツ・文化・環境」を大切にしていくと打ち出し、これが徐々に浸透してきています。

例えば長野オリンピックの頃には、スキーのジャンプ台をつくるときに別の団体から環境への配慮を求められ仕様を変更した......といういきさつがありました。当時はまだ環境意識が浸透していなかったのです。

― 今では考えられませんよね。

相原:その後、シドニーオリンピックの頃から定着し始め、今は環境に配慮し、環境と共存することが当然になっています。そんな状況だからこそ、スポGOMIだったんです。

まず、日本のごみ拾いの文化は世界から注目されています。ロシアのサッカーワールドカップでも世界的なニュースになりましたよね。そして、こういった流れに乗ることで日本のブランディングができるんです。

― 以前、日本と言えば経済力が強くて、技術力が高いイメージだったと思います。そのなかに「環境に配慮する国」という要素が加わるわけですね。これぞ"大義名分"だ。

相原: さらに言えば、日本はオリンピックを通じてもっと日本らしさを打ち出すべきです。オリンピック憲章に、そのモットーは「より速く(Citius)、より高く(Altius)、より強く(Fortius)」と明記されています。

例えば日本はこれに「より美しく」といった項目を加えてもいい。内村航平選手(体操)は常々「美しい体操を目指して勝つ」と言っています。また羽生結弦選手(フィギュアスケート)も美しく勝ちますよね。この流れに乗って「日本は速さ、高さ、強さに"美しさ"も加えて勝つ」と打ち出せないのかな、と思います。

世界中の人が「日本人すげーよ」となって「日本に行きたい」「日本製品はカッコいい」となる、これがオリンピックの重要な目的のひとつです。こんな機会はまたとありません。1960年の東京オリンピックは、新幹線などインフラの整備で「さすが日本人」と言われました。しかし今はハードよりソフトの時代です。

だからこそインフラの整備より、日本独自のコンテンツやコンセプトを打ち出したほうが、世界に「さすが日本」と言ってもらえるオリンピックができると思うんです。

― たしかに「美しさ」は非常にコンセプチュアルですよね。

相原:日本にはそう言わせるだけの力があるはずです。様々なアートやコンテンツも人気があります。

ところが、今はビビッてるんです。

― というと?

相原:今までなかった新しい発想、発信をとり入れ「こんな時代が来た」と打ち出すのがオリンピックなのに、今やっているのはモノマネのモノマネです。日本製品の輸出や、日本のイメージを刷新するような何かは期待できません。

原因は、はっきりしたリーダーがいないことです。コンセプトを打ち出せるリーダーがいないから「バッシングされたからやめます」といったことが起こるんです。

設備も同じでしょう。オリンピックの自国開催は一生にほぼ一度くらいの間隔でしかできません。つくられた設備は今後、子どもたちの世代に引き継がれ、使われていくでしょう。なのに「安いからこうしました」でいいのでしょうか。

ネットに多少悪口を書かれても「このコンセプトで推進するんだ」「遠い将来を考えるとこれが正しいんだ」と主張する人がいないのは寂しい限りです。

― ネットの影響力が増してくると、どうしても「揚げ足取り」が生まれますよね。何をやっても、それが気に入らない人はいます。だからといってより多くの意見に配慮すると、結局はカドがとれて、最大公約数的になってしまいます。

相原:率直に言いますが、今時、普通のスタジアム作って誰が喜ぶんだろう? と感じますね。国立競技場も世界を驚かすようなデザインなのでしょうか。発展途上国の人も「これですか? こんなもんですか?」と感じています。

日本には美しさもコンセプトもあるのに、これをプレゼンテーションできない現実はもどかしいですね。

後編はこちらから

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