【第1回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(1/3)
【第1回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(1/3)

【第1回】主役は"球場"!? 異色の小説『ザ・ウォール』を生んだ"アウトローな球場" ~作家・堂場瞬一氏インタビュー~(1/3)

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数多くの野球小説を生み出してきた作家の堂場瞬一氏が、最新作の『ザ・ウォール』で主役に描いたのは、なんと球場!彼はなぜスタジアムを題材にしようと考えたのか。マツダスタジアムの設計担当者で、同作品の球場と周辺施設について監修・指導をした上林功氏も交えて話を伺った。
(聞き手・有川久志 編集・夏目幸明、中村洋太)

堂場 瞬一 氏
1963年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。警察小説とスポーツ小説の両ジャンルを軸に、意欲的に多数の作品を発表している。2015年10月で著作は通算100冊に。2019年2月に最新作『ザ・ウォール』(実業之日本社)が刊行。

上林 功 氏
1978年生まれ。京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科修了、修士(工学)。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了、博士(スポーツ科学)Ph.D.。環境デザイン研究所にて主にスポーツ施設の設計・監理を担当。マツダスタジアムの設計を手がける。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所を設立。追手門学院大学社会学部 准教授。

小説『ザ・ウォール』
野球小説の旗手・堂場瞬一氏の最新作。今回は本物の建築家を迎えて構想された球場が主役。その球場を本拠地とする「スターズ」を中心とした渾身の書き下ろし。
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左から堂場瞬一氏、上林功氏
左から堂場瞬一氏、上林功氏

ここで一発、すごい変な球場作っとこうかなと

―野球小説といえば、ライバルとの激闘やオーナーと監督のいざこざを描くような作品が多かったと思います。しかし『ザ・ウォール』では球場や球場周辺の環境に焦点が当てられていますよね。なぜこの作品を書かれたのでしょうか?

堂場:本当に球場が好きなんです。特にアメリカに行って球場を見ると、ミラー・パークやミニッツメイド・パークなど「もうちょっとちゃんと作れよ」と思うような変な球場がいっぱいあるんです。

上林:私は、アメリカの球場は自由闊達で、一方、日本の球場はあまりにも生真面目なつくりだと感じます。

―この神宮球場もそうですね。(取材は神宮球場を見下ろす日本青年館ホテル9階のレストランで行われた)

堂場:一番衝撃的だったのが、マイアミの旧ドルフィン・スタジアム。元々アメリカンフットボールの球場でしたから長方形になっているんです。外野に膨らんだエリアがあって、そこにボールがはまるとえらいことになる。
※現ハードロック・スタジアム。左中間~右中間付近が広くなり、特に左中間にある「バミューダ・トライアングル」と呼ばれる凸部分や、「ティール・タワー」と呼ばれる背の高い電光掲示板が多くの本塁打を削る。

旧ドルフィン・スタジアム
旧ドルフィン・スタジアム(画像:Tennis Magazine ONLINE)

―左中間の、一番深いところですよね。

堂場:それまでも変わった球場は見てきましたが、ワールドシリーズを観戦しに旧ドルフィン・スタジアムへ行って、そのエリアを見たときは「は?」と思いました。公認野球規則に照らし合わせるとアウトじゃないかって思うんですけど、「そういう箇所があってはいけない」とは書いてないんですよ。

陸上はもちろん、サッカーやラグビーでも綿密な規定の範囲内でスタジアムを揃えて作ります。その点、野球はなんていい加減なのかと。でも、そのいい加減さも「個性」になるところが面白い。今までの作品でも大リーグの球場の話は出してきましたが、ここで一発、すごい変な球場作っとこうかなと。

―なるほど。

堂場:そんな考えが、『ザ・ウォール』の基になっています。実は最初は、ビルの中に球場を入れてしまう設定だったんです。

―ビルの中、ですか。

上林:僕が最初にお話をいただいた時には、既にある程度ストーリーができていたんですが、読んでいて「んっ?」っと思いました。「あっ、もしかして観客席の上にビルが建ってます?」と。

堂場:ビルの5階部分までが屋内球場になっていて、6階から上が建物だと考えたんです。つまり、6階の床下が球場の屋根になっている。そのアイデアも面白いかなと思ったんですが、物語の広がりに欠けるのと、個人的にドーム球場が嫌いなので、結局やめました。

上林:その話を伺った時に思い浮かべたのは可動屋根のスタジアムでした。可動屋根の球場は下部構造がしっかりしているので、同じ構造の上に可動屋根ではなくオフィスを立てればいいんだろうと。

―なるほど。

上林:構造に詳しい人間に聞いてみたら、「(その球場は)理屈上はできる」と言うので、現実味を保ちつつどんなことができるか教えてもらいながら、今回の計画の範囲内で球場を考えました。

堂場:小説的には、もっととんでもない設定にした方が面白いと思うんですよ。ドームじゃなくてビルの中にはまりこんだ室内野球場とか。でも、僕の好きな野球そのものの魅力から逸れてしまうかなと。そこで、もう少し現実味のある球場が誕生したということですね。都心部の狭いところで、再開発で作れそうな球場が。

―試合中のビル風やバッターの視野の話なども入っていたので、すごくリアルでした。この球場は、実際に作ろうと思ったらできるんですか?

上林:一応現実感を持たせているつもりです。ビル風に関してもこの場所の「卓越風」の風向を計画に入れていて。もちろん厳密には細かい数値まで全部計算しなきゃいけないんですけど、基本設計相当の内容を盛り込みました。
※ある地域で、ある期間に最も頻繁に現れる風向きの風のこと。

堂場:僕は千葉マリンスタジアムが好きで。球場の形は普通なんですけど、独特の風がね。

―ピッチャーの投げたボールが落ちるような風。

堂場:そう、風の具合によって「今日はストレート中心でいこう」みたいなのが大好きで。

―なるほど、面白い。まさに球場が好きな人じゃないとわからない話です。

堂場:そうですね。スタジアムツアーが好きで、初めての球場では大体行くんですよ。裏側を見ていると「ははあ」と感心しちゃって。そして最後に自分も観客として試合を観戦する。僕の中ではそこまででワンセットです。

小説「ザ・ウォール」
小説「ザ・ウォール」

「ビルの間に球場を埋め込む」という発想

―『ザ・ウォール』の中に「カムデン・ヤーズ」という具体的なスタジアム名が出てきますが、作品を描くうえで堂場先生が意識したスタジアムはありますか?
※オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ。1992年に開場したボルチモア・オリオールズのホーム球場。MLBの新たなトレンドを作り出した球場と言われている。

堂場:カムデン・ヤーズって90年代初頭の流行りじゃないですか。ネオ・クラシカル様式の。もうブームは終わっているので、今日本で同じような球場を作っても仕方ないでしょう。そもそもカムデン・ヤーズと違って、古い倉庫街や古い駅などのレガシー的なものが都心にないので、新しい形の球場を作るしかないという考えでした。

上林:カムデン・ヤーズが開場したのが1992年。それ以前にも球場はありましたが、あの開場を境にベースボールスタジアムはベースボールパークになったと言われています。完結的な一個の建物ではなく、周辺環境と融合するような形での球場ができたという意味では、今回の作品でもカムデン・ヤーズの考え方が根底に息づいていると思います。

堂場:あとカムデン・ヤーズは、客席から野球が見やすいんですよ。なぜかというと、アメリカの球場にしては小さいから。その辺までよく計算して作っているなと思います。一方、ボストンのフェンウェイ・パーク。球場の敷地が狭かったから仕方ないんですけど、左翼までの距離が短いから簡単にホームランが出ないようにそっち側だけ壁を高くして。そんなわけのわからない球場があるのもまた面白い。

上林:『ザ・ウォール』の球場も、新宿の再開発があって、3つのビルの間に球場を埋め込んだという設定です。

堂場:施設しかないところに無理に球場を入れたという意味では、ひょっとしたらボストンに近いかもしれない。

「ザ・ウォール」の作者 堂場瞬一氏
「ザ・ウォール」の作者 堂場瞬一氏

―ビルの間に組み込まれた球場は見たことがないですし、そんな発想すらなかった。日本にはビルの多い街がたくさんありますが、その中にパティオ(中庭)ではなく球場を作ってしまうのがユニークでした。

堂場:今、渋谷駅が再開発してるじゃないですか。西口にあるバス乗り場を、広場にするみたいなんですよ。駅直結で、しかも周りはビルばかりだから、「えっ、じゃあ球場にすればいいのに」と思っちゃって。

今後も色んな街で再開発すると思うので、ぽこっと大きな空間ができる可能性があるんですよね。そこに球場などのスポーツ施設を埋め込むのは、ひとつの選択肢としてありなんじゃないかなと。建て替えなきゃいけない球場はいっぱいありますし。

上林:都市とスポーツを近接させるという考え方は原点回帰かもしれません。今の都市開発のあり方に影響を与えた概念が、1900年代の初め頃に出てくるんです。その中で提唱されたのがル・コルビュジエの『輝ける都市』という提案で、そこに「都市を再構築し、そのうえでできるオープンスペースにスポーツができる場所を作ろう」っていう話があるんです。

『輝ける都市』のひとつの例が図面で描かれていて、ちゃんと都市の中にサッカー場やプールや陸上競技場が置かれているんですよ。現代に至り、いつの間にか都市効率が重視され、結局「この都市計画は合理的じゃない」と現在の都市の感じになってしまっていますけど。空いたスペースをスポーツ施設に使おうとか、余暇のために使おうという発想は近代都市構想が生まれた当初から存在したんですよね。

―今スポーツ庁ができて、これからの日本のスポーツビジネスが拡大していくというなかで、スタジアム・アリーナ改革はスポーツ改革の一丁目一番地と言われています。堂場先生も、「スタジアムと街」とか、世の中のトレンドを意識して『ザ・ウォール』のテーマを設定されたのでしょうか?

堂場:そこまで難しいことは考えてなくて、単純なエンターテインメント的な発想です。世界を見渡しても、都会の中にこういう球場はないんですけど、日本だと隙間をうまく生かす文化や技術もあるし、こんな球場があったら面白いなと。

―神宮球場も都会の真ん中ですからね。それがユニークなことだと気づいている東京の人も少ないと思います。

堂場:そうですね。マンハッタンに球場はないわけでしょ。土地の問題とか色々あったんでしょうけど。あちこちで球場を見ているので、都会の真ん中に球場がある希少性や面白さっていうのは感じます。都心には東京ドームと神宮球場がありますけど、もう2個くらい作ってもいい。あと、浜スタも似ていますよね、周りがビルに囲まれていて。

―確かにそうですよね。

上林:浜スタは、駅前の立地や都市公園に建てられていることもあり、まさに都市の真ん中にある球場の代表格です。僕も今回の球場の設計を考えるにあたって、「あそこから見下ろすときに、グラウンドが見えるようにしとかなきゃいけないな」っていうのを一応抑えているんですよ。

第2回はこちらから

小説『ザ・ウォール』

◆公式ホームページ◆
http://www.j-n.co.jp/books/

◆内容紹介◆
低迷にあえぐかつての名門球団「スターズ」は、本拠地を副都心・新宿の新球場に移転し、開幕を迎えた。

地下鉄駅に直結、オフィス棟、ショッピング棟、ホテルの高層ビル三つが周囲にそびえ立つ形状で、<ザ・ウォール>の異名をとるスターズ・パークには、大リーグ好きオーナー沖真也の意向がふんだんに盛り込まれている。

日本的発想に捉われないサービスや施設の魅力で観客増を図るオーナー。狭くて打者有利の球場に四苦八苦しつつ、堅実な采配で臨む監督・樋口孝明。両者間には軋轢が生じ、序盤は苦戦が続いたチームの成績は、後半戦に入ると徐々に上向き始める......。

ファンが求める「面白い野球」とは。「理想のボール・パーク」とは。野球小説の旗手が放つ、「球場」が主役の革命的一作。渾身の書き下ろし!

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